夏至

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夏至

 長い長い雨が終わって本当に急に暑くなった。今までのカラッとした暑さじゃない、ジメジメとして体にまとわりつくような疲れてしまう暑さ。少し動けば汗をかいてあっという間に体力を奪われてしまう。前は日陰に入れば涼しかったけど、今は日陰に入っても蒸し暑い。息をすると体の中に熱気が入ってくるようだ。  あれから何度か村を見てきたけど、一応米は育っているようだった。そのかわり野菜は全滅だった。仕方なく周辺の村に野菜を分けにもらいに行ってるみたいだけど、どこも自分たちが食べていくので必死だ。あまり野菜はもらえていないらしい。そのことでみんながギスギスしていて最近は喧嘩が絶えない。  男たちは皆戦いに出てしまっている。取りまとめるのは年寄りたちだけど、女も子供も年寄りたちを敬ったりしていない。口うるさいだけで迷惑な存在だという態度を隠そうともせず、若い衆と年寄りたちは目に見えて対立し始めてしまった。  あの人とはもう随分と会っていないな。家から湯気や煙が上がらないのでずっと家にいないみたいだ。おそらく戦に出てずっとそのままなのだろう、自分だけが帰るわけにはいかない。  最近は山の中に子供たちがよく入ってくるようになった。僕も見つからないかヒヤヒヤしながらやり過ごしている。お年寄りたちには山に入っている事はまだばれていないけど、母親たちはもう容認しているようだった。なぜなら山には一応食べ物があるからだ。野草ばかりだけど天ぷらにすれば何とか食べられる。  村の方から騒がしい声が聞こえてきた。なんだろうと思って見てみるとどうやら戦から男たちが帰ってきたらしい。女たちは喜び子供たちがおかえりと言って飛びついていく。  でも、男たちの表情は暗い。自分の家族が戻ってこない女たちもいてその場に泣き崩れている。 ……戦に負けたんだ。おそらく負け戦は初めてに違いない。  そして帰ってきた者たちの先頭にいたのはあの人ではなかった。あの人の兄上だ。どうやら今回の戦、兄の方が頭となって戦をしていたらしい。  兄の表情がまるで鬼のように怒りに満ちていた。自分だったら勝てると踏んでいたのに、弟の前で大口を叩いたのにこの有様だ。矜持がとても高いのだろう、誰も声をかけられる雰囲気では無いようで一人家に入っていってしまった。  大きな音を立てて戸が閉められる。するとざわざわと周辺の者たちが何やら話を始めていた。大体何を言っているのか想像がつくけれど、一応耳をすまして聞いてみる。この距離だったら何とか言葉を拾えるはずだ。 「いつもの倍は死んだ、あいつのせいで」 「口先だけだ、戦の才がまるでない」 「こちらの話を全く聞き入れない、自分は絶対に正しいと信じている。あんなのが長になったら大変だ」 「我らは誰を頭にすればいいのだ」 「奴らが強すぎる。いつの間にこんなに強くなったのか」  女や子供は泣きそうになりながら夫や兄たちを励ます。ひとまず休んでくれ、今おいしいご飯を作るから。そう言って肩を貸して家に帰っていくが、食べ物がないのは一目瞭然だ。ついこの間子供たちがだいぶ食べ物を山からとって行ったからかろうじて雑炊ぐらいは作れるかもしれない。  あんなにたくさんいた村人は半分ほどに減っている。前は戦が終わるとたくさんの手土産と酒を持って帰ってきて宴会が始まっていたものだ。
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