清明

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 淡い桃色が青空の中に鮮やかにはえている。桜の蕾が膨らんで咲き始めていたけれど、急に二、三日寒くなって少し開花が遅くなった。でも今日一気に咲いた。植物はとても動きが遅い、動物や虫の動きと比べると、じっと見つめていても咲いていく様子なんて見れないから本当に驚いた。こんなに温かい陽気を待ち望んでいたかのように一斉に咲くなんて。  本当の満開まではあと一日か二日くらいかかりそうだ、それでも待ち望んでいた光景になんだかウキウキしてくる。  緑の中に鮮やかな花がいくつも生えている。白、赤、黄色、紫。地面には蟻が行列を作り生き物たちが活発に動くようになってきた。雨が降ると若草たちの命を潤して、やがて晴れて日が当たればそれがキラキラと輝く。 命が輝いている。まぶしい位。  少し前にあの人との思い出に浸りすぎて、なんだか心が寒々しくなってしまったけど今はそんなことない。お天道様も白い雲も青々とした木々たちも、命の象徴であると言わんばかりに咲いている花たちも。全てがとても綺麗だ。 暖かくなってきて鳥たちも戻ってきた、虫の数はまだ少ないけれどきっと今卵からかえって幼虫になっている頃だ。  植物が育ち、その植物を虫が食べ、その虫を鳥たちが食べる。動物が動物を食べたり、植物の実を動物たちが食べて種子が他の場所へ移動する。命を広げていく。  まるで誰かが作った物語のように、本当に全てが一本の糸のようにつながっている。どれか一つでも欠けてしまったら全てが崩壊してしまう。  人はよく自分の生きたい理由を探している。強くなりたい、家族を守りたい、尊敬されたい、馬鹿にされないようにしたい。たくさんの理由があってみんながそれを胸に秘めて生きている。  僕もそうだった。誰からも理解されない、たとえいなくなっても誰も気づかない誰も悲しまない命。誰かに、誰でもいいからたった一人でも僕のことを認めて欲しいと思っていた。 『植物は誰かに認められるために生えていると思うかい』  鮮やかに咲く桜を眺めながらあの人はそう言っていた。 『桜はみんなに見てもらうためにこんなに美しく咲いているのかな』  わからなかった。だって僕は桜じゃない。桜に意思があるとは思えない、だったらそんなことを考えるわけない。そう思ったけどじゃあどうやってそれを証明するのかと考えたらそれもちょっと違うのかなあと悩んでしまった。 『美しく咲いている結果でみんなが見て美しいと感じている。桜は人間のために生きているわけではないからね。でもどうなんだろう、もしかしたら桜にも魂があって、みんなから綺麗だと言われることに喜びを感じているかもしれないね』  桜はしゃべれない。だから確かめようがない。  それを確かめることが大事なんじゃなくて、命がそこに溢れていることに喜びを感じる自分たちの在り方が大切なのだと。僕はそんなふうに学ぶことができた。 「そっか、ちょっとわかったかもしれない」  この間なんとなくメソメソしてしまったのは自分の在り方に迷ってしまったから。どれだけ綺麗ごとを言っても、やっぱり誰かに認めてほしい。誰からも理解されなかったら悲しい。誰かにどうにか思われたくて行動してしまう。 でも桜は凄く綺麗だ。  もし桜に魂があって綺麗だと笑ってもらう事に喜びを感じていたとして。それは綺麗に咲くことと、桜が喜んでもらえているかは関係ない。誰かに見てもらおうが見て居なかろうが桜は綺麗に咲く。その中で誰かに喜んでもらえたという、自分だけの満足で喜びを見出す。それは命が輝くと言う事だ。 蟻は自分達が生きるために餌を探している。 カタクリは鮮やかな紫を彩る。 桜は満開となる。 命は輝く。  それを見て、心がある者は綺麗だと笑い。もしかしたら植物や動物にも心があって、笑ってもらえた事を喜んでいるかもしれない。  僕は今、輝いているだろうか? 悩んで悲しんでどんよりしてしまうこともあるけど。それは僕が生きて日々を生きているから。僕という存在は一人しかいないから、生き方や考え方を誰かと比べることはできない。誰かと違う生き方をしてそれが悲しい事だとか嘆かわしいとか、いろいろ考えてしまうけど。 命の在り方は自分で決めるしかない。木も動物も花も虫もみんな自分の生き方をよくわかってる。  誰かから何を思われても、自分がやるべきこと、やらなければいけない事をひたすらに愚直に生きている。こうしなさいと指示をされることなんてない、生まれた時から行き方を知っている。 だから、こんなにも美しい。 そう喜べる僕も今、輝いているだろうか。 あなたは誰よりも輝いていて、途中で曇ってしまって、でもやっぱり輝いていた。太陽のように。  大きく息を吸った。この空気も、命があるだろうか。あなたが傍にいたら教えてくれただろうか?  いや、もう自分で考えないと。いつもいつも教えを乞うていては僕は成長できない。  命か。難しいな。生きるために食べる命の奪い合いは勿論あるけれど。人は、なんだかよくわからない理由で命を奪いあうから。本当に必要なんだろうかと思ってしまう理由でも命を取り上げてしまう。  僕もこの難しい問題を考え続けよう。愚直に生きている者たちと共に。 清明 すべてのものが生き生きとして、清らかに見える
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