小満

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小満

 山から村を眺めていて、違和感を抱いたのはいつからだったか。それほど長く生きていたわけじゃないけど、何度か季節を越えて過ごしてきた。あの人と出会ってからは本当に毎日がきらきら輝いていた。知らない事を教えてもらって、そうだったのかと自分でも考えて。  春に満開だった桜はあっという間に散り一気に葉が伸びた。野草もほんの数日見ないでいたらいつの間にか生えていたばかりか花まで咲いている。本当に植物は成長が早い。  そういうふうに植物が芽を出す時期から、大きく伸び始める時期になると村ではいよいよ畑や田仕事が増える。稲を芽吹かせ、まだ少し先だけど田植えも始まる。この辺は山が近いから肥やしとなる土が手に入りやすいらしい。僕も何度か土を集めに来た人を見たことがある。奥には来なかったけど、麓ではよく土を集めていた。  そんな風景を何度か見てきた。なのに、今年は少し変だなと思った。人が少ない、活気がない。あの人もここに来る回数が減ってきた。前に会った時戦が近いと言っていた。 「……そういえば、戦の数が増えた気がする」  男たちが刀を持ち、鎧を身に着けて出かけていくと戦いに行く。それは僕があの人と出会う前から何度か目にした。でもここのところ戦が多いような……。戦に行ってしまうと、亡くなった人の亡骸を連れて戻れない事もあるそうだ。なるべく家族に引き渡したいが、皆疲れているし、それに―― 「殺されている者を囮に、逃げることもあるからね……」  悲しそうに目を伏せてそう言っていたあの人。一体どれだけの村人の最後を見届けてきたのか。その命の責任はすべてあの人に向けられる。戦を統括しているのはあの人なのだから。  心配になってこっそり山からおりて村に近づいた。あまり来ない方がいいのだろうけど、もう何日もあの人に会っていない。もしかして戦で怪我でもしたのかな、と。隠れるのは得意だ、見つからないようにそうっと村に近づいた時だった。  ざわり、と空気が震えるような気配。これは僕にしかわからないことだとあの人が教えてくれた。僕は人の怒り……殺気がなんとなくわかる。もちろん古今東西すべての怒りがわかるわけじゃないけど、こうして村にくると人の怒りが感じ取れる。近いな、あの人の家……村の長の家からだ。絶対に見つからないように草の中に隠れ、耳を澄ませる。 「いい加減にしろ! 一体どういうつもりだ! あの場で逃げかえるなど恥さらしもいいところだ!」 家の中からは数人の気配がある。男が怒鳴ってる、誰だろう。 「言葉が過ぎますよ、長に向かって」 「これが長!? 戦をするたび何度も逃げ帰る腰抜けが! 本当に皆、何も思っていないとでも言うのか!? 何度も逃げ帰る臆病者の長を敬っていると!」 「……それは」 「俺はゴウチン殿と同じ考えです! 長よ、このままこの情けない戦い方を続けるのなら、俺は貴方についていけん! 訳を教えてくだされ!」 「理由は二つ。一つ、ここの所相手にしている奴等は今までと違い手強い。私達であれば相手にできるが、村人の実力は明らかに伴なっていない。あのまま戦えば半数以上が殺されている」 「だから、その前に倒す――」 「倒せなかったであろう。我々がまごまごしていたからスケとタセイが殺された。あの二人が弱かったからか? 兄上の懐刀と言われたあの二人が?」 「……」  怒りが、ぶくぶくと膨れていく。怒鳴っている人はあの人の兄なのか。自分の部下が殺された事を、護れなかったことを静かに叱責されて怒り心頭のようだ。 「ひたすらに倒せばいいとつっこんでいくのは猪だけで十分だ。認めよ、今の我々は弱い。奴等の方が強い」 「……」 「長、二つ目は?」 「このところ戦が多い。以前の倍だ。何故なのか理由を説明出来る者はいるか」 「そんなもの。奴等に道理などありませぬ。悪しき存在だから襲い掛かって来る、それだけでしょう」 「侮るな、奴等は暗愚ではない。前は一匹一匹で暴れまわっていたが、いつのころからか我らと同じように仲間と共に戦うようになった。これは真似ているからだ、我らの戦いを。素手で戦っていたのに武器を持ったのも、囮を使うようになったのも、陣を組んで攻守をやるようになったのも。戦をすればするほど学んでいる」 「だから、学ばせないために戦を途中でやめると?」 「この愚か者が! だったらなおさらすべてにとどめを刺して殺さなければならんだろうが! もういい、話にならん! 貴様はただ臆病風に吹かれているだけだ! 皆に改めて問う! この考えと戦い方をして、今後戦に勝てると思うか! 奴らが力を付けて攻め入る時間を与えているだけのこの状況を良しとするか! この腰抜けに、これからも付き従うと言うのか! こんなのが長で良いのか!」 ざわざわ、ざわざわ。 そうだ、俺もそう思う このままでは全員殺されるだけだ 「俺は戦うぞ、命をかけて。奴等を倒す気がある者は俺に従え! この阿呆の貧弱な戦法に従って命を落としたい者は好きにせよ! ただし、今後俺は俺の戦法で戦う! 邪魔をしたら切り捨てられると思え!」  バン! と大きな音を立てて家から人が出てきた。少し遅れて数人、若い男たちが出てくる。……袂が分かれたみたいだ。血気盛んな者はあの人の兄についていくみたいだ。少し遅れてお年寄りかな、ため息をつきながら出ていく人も数人。兄について行く気はないけど、あの人の考えにも賛同できないってところか。
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