小満

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「どうされるおつもりか、この状況を」 「どうするも何もどうしようもない。兄上は最初から私の話を聞くつもりはないよ。幼いころから私が長になるべく扱われてきたのが気に入らないからな。私がやる事の正反対を常にやり続ける」 「そうだとしても。共に戦わなければいけないのに仲たがいをしている場合ではございませぬ。この時点で勝機がないようなものですぞ」 「ようなもの、ではなく。ないな、そんなものは。なあ、叔父上。我らは本当に愚かだと思いませぬか。自分達は強いと勘違いをして威張り散らして目の前のことだけ片づける。この先どうするのかを考えずその場その場で戦うからこうして衰退したというのに誰もそれを認めようとしない。奴等が強くなったのではない。我らが弱くなったのだ」 「耳が痛いのう。お前の父の代からの大きなツケを、お前に払わせている身としては」  かしこまっていた口調が砕けた。長と従う者から、叔父と甥の会話になったのか。心を許せる人が少なかったんだ、あの人は。 「戦はあのまま兄上に任せる。私を長から引きずり下ろしたいだろうからな。それでいいさ。やりたい者がやればいい、適任だ。私は私の使命を果たす」 「やはり何かあるのだな、気がかりが」 「ああ。気がかりの二つ目、度重なる戦。これは明らかに我らが疲れ切っていくのを待っている。わざと多くの戦をおこして人の数を減らし、こうして内部から壊れていくのを待っているのだ。これから考えられるのは一つだけ。奴等に、(かしら)ができたのだ。それも相当頭がまわる者がな」 「なんと……」 「ケダモノだ化け物だと見下していた奴等は戦い方を知り、徒党を組み、ついには策をたてるようになった。次は必ず罠を仕掛けて来る。わかりにくいよう、我らが勝手に滅びる罠を。だから表立ったことは兄上に任せる。せいぜい気張ってもらおう。私はこそこそと隠れてやるさ、もともと根が暗い。そちらの方が性に合っている」  ふふ、と小さく笑った。その声は悲しそうだ。 「叔父上には任せたい事が一つ」 「なんなりと」 「私からは今日限りで離れてほしい、先ほどの考えにも一理あるということで。カイキを頼みたい」 カイキ? 誰だろう。 「まだ幼いが必ず次の長に選ばれる」 「まさか、シンリキが……?」 「ああ。とてもシンリキが強い、いずれ皆にも知れ渡るだろう。長として担ぎ上げられるに決まってる、兄上はシンリキがないからな。叔父上にはカイキを支えて欲しい」  シンリキというのが何なのかわからないけど、それがあるものが次の長になるということみたいだ。  そうか、カイキというはあの人の弟なのか。そういえば年が離れた弟がいるって言ってた。自分と同じ道を歩ませないための施策をしているのか  長男が長になるのではないこの村独特のしきたりか。そうなるとあの兄君は絶対に長になれない、それを覆したいんだ。実力のあるものが長になるべきだと。なのに今度は末弟が長にふさわしいと言われてしまう。末弟が次の長に引っ張り出されると骨肉の争いが起きてしまう。それを心配して弟を任せようとしているんだあの人は。 「私はこれから皆からますます孤立する。そうなるとカイキを丸め込もうとしていると言ってカイキを引きはがし、自分たちの都合のいいようにこき使い始める。そうならぬ為にも叔父上は私を見限ってカイキを支えている、という風にしてほしい。無論、カイキを次の長にするつもりなどない。護ってくれ」  自分から離れてくれ、と言うのはどれだけ……言われる方は、どれだけ苦しい事か。 「……。確かに、承りました……いや、違うか。命令だからやるのではないな。甥っ子を構う鬱陶しい叔父でいいか」  そうしたほうが周囲に怪しまれないというより、本当に構い倒したいのかもしれない。叔父上殿の声は柔らかい。 「ありがとう。頼みます」 あの人の声も、温かい。この二人は確かに互いを思いあっている。  僕はそのままそっと村を離れて山に戻った。あの人がここに来る回数が減ってきていたのは戦が多かったからというのもあるけど。もう、身動きが取れなくなってきているんだ。ピリピリしているのに呑気に山になど行けない。  そうなると僕が無駄に行くのももうやめたほうがいいのかもしれない。万が一見られてしまったらますますあの人の立場を悪くして苦しめるだけだ。 寂しいな。  山の植物は今年も青々とよく育っている。でもどうしてだろう。村で育てている稲や野菜の苗はなんだかしなしなだ。何も問題ないのかもしれないけど、去年はあんな感じだったっけ。もうちょっと緑が濃くて空にむかってぴんと伸びていた気がするんだけど。僕は農業には詳しくないから何とも言えない。芋の苗も枯れてしまうんじゃないかという感じでペタンとなっている。……大丈夫かな、あれ。ちゃんと根を張っているんだろうか。  命が成長して喜ばしい時期のはずなのに。あの村はまるでどんよりと曇り続けているかのようだ。戦で大勢の人が亡くなって活気もない。ふと山の木や草を見ると普通だ、みんなのびのび育っている。花が咲いて、早いものは種が付き始めた。命がぐるぐるめぐっていく、滅びないようにできている。あの人が教えてくれた。 あの村だけ、その循環が止まってしまっているかのようだ。  ゆっくりと目を開いた。……懐かしいな、あの時の夢か。もう一年経つんだ。村におりたりあの人に会ったりできていた時だ。  改めて村を見下ろす。一年前より、酷い。廃れているといっていい。村を出る者もぽつぽつ現れ始めた。  山の植物たちは今年ものびのび育っている。当たり前の事だけど、それがなんてすばらしい事なんだと今の僕ならわかる。きっと、村の人もかみしめているに違いない。当たり前にあったことの幸せを。  食べ物がないから山に入りたいと子供たちが最近大人に訴える回数が増えた。その度にダメだと言っているが、もう数人、こっそり山に入ってきている。当然食べ物はまだないけどヨモギとかドクダミとか、食べられる野草はたくさんある。そういったものを見つけるたびに子供たちは嬉しそうだ。  そこから君たちは何を学べるだろう。食べ物、自然に感謝できるだろうか。それともつまらない事を言う大人を馬鹿だと見下して自分の欲のままに行動するだろうか。 一年前の、あの人の兄上たちのように。 僕ができるのは、見届けるだけだ。  最近少し雨も増えた。梅雨が近いのかな? 今年は随分早いな。芒種ももうすぐか。今年は稲を育てる人が……きっとほとんどいない。でも育てないと食べていけない。苦労して育てるより奪った方が早い。今の子供たちはそう学んでしまっている。大人たちがその考えだからだ。  あの人が培っていた井戸の水を汲み、土をいじり雑草を抜いて田畑を育んでいく。その大切さを学んでいる子は、いるだろうか。  不思議だなと思う。植物は本来誰の手も借りずにこうして伸びていくのに、人は自分達の生活を豊かにするために田畑を作っている。わざわざ手をかけているのに、いろいろな要因で出来が悪いと食べるものがないと嘆く。効率よく食べ物を採取するための田畑のはずなのにほっときっぱなしの山の方が潤沢に命は育つ。  人の手を加えた食べ物は、人の手がないと生きることができなくなってしまっている。大事に大事に守ってあげないと生きられない。虫が付いたら枯れる、水がないと枯れる、病気にもなる、日が当たりすぎると焼ける、霜が付くと腐る。  山の植物は例え何かが腐っても他の何かが育つ。腐ったものが肥料になって他の命をつないでいく。人が食べるものだけに絞って育てているから、弱点が増えてしまっているんだ。  このままではダメだ。あの人の言っていたとおりだ。本当にその通りになってしまった。そっと、風に揺れるつつじを撫でた。 小満 すべてのものがしだいにのびて天地に満ち始める
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