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39 とりあえず暴れてみる
窓ガラスを割って侵入した部屋は、武器庫のようだった。アッシュの言う通り長く使われておらず、あちこちに埃が塊になって転がっている。
「うむ、あの見張り機械は無さそうだな」
私を部屋に下ろしてくれたあと、アッシュはまたぬいぐるみへと戻る。体が大きいままだと見つけられやすいからだ。
「扉に鍵はかかっているが、内側から蝶番を壊せば開けられそうだ。行けるか、ロマーナ」
「ま、待って。なんか頭が重くて体が怠くて、お腹痛いんだけど……」
「……致し方ないな。ならば、一旦あのキラキラを撒いてみるがいい」
「うん」
頭が重い理由は分からないけれど、お腹が痛いのは確実にルフさんのせいだろう。とにかくオレンジの鍵で解放された魔力を使えば、回復できる。私は「魔力よ! 私に力を!」と勢いよく両手を突き上げた。
「……」
「……」
でも、特に何も起きなかった。
「……何をしておるのだ……?」
そしてアッシュに至っては、私が何をしているかすら理解していなかった。これあれだな、すごく恥ずかしいやつだな。
でも弁解させてほしい。ちゃんと理由があるのだ。
「違う、違うの」
「何がだ」
「そういえば私、どうやって回復魔法を使えばいいか知らなくて」
「ああ……確かに、貴様は魔力を出力できる体質ではないしな。それも然りだろう」
「じゃあなんでアッシュはキラキラを撒けとか言ったのよ」
「あの時、ロマーナには一度できておったからだ。しかし今できておらん所から考えるに、やはり無理なのだろうな」
「うう、そんなぁ……! ねぇアッシュ、魔力あげるから私を回復してくれない?」
「不可能だ。我の力は攻撃特化型だから」
「尖った性能だね……」
まあ薄々そんな感じはしていた。私は諦め、重たい体を引きずって頑張ることに決めた。アッシュに壊してもらった扉の前まで行き、取手に手をかける。
でも、扉を開けた私が目にしたのはあの冷たい廊下ではなかった。
「る、ルフさん……!?」
――髪に入った一筋の青以外全てが白に染まった仮面の女性が、温度の無い目で私を見下ろしていたのである。
「な、なんでここに!?」
「それはこちらが言うべきことかと。何故、部屋で休んでいるはずのアナタがここにいるのです?」
「それは……!」
「……よもや」
腕を掴まれる。ミシミシと音を立てて、握りつぶされようとする。
「逃げよう――などとは、考えておられませんよね?」
「痛い痛い痛い!」
「こちらとしては、手足をもいでベッドに転がしておいても良いと言ったはずですが」
「そ、そんなことしたら、あなたのご主人に怒られるんじゃないの!?」
「生憎あの方は、妻の手足が無くなったぐらいで愛が欠けるような矮小ではございませんので」
ルフさんの力が少しずつ増していく。あと数秒のうちに、私の腕は骨ごと潰されてしまうだろう。痛い。怖い。一体、どうすれば……!?
「ガルルゥッ!」
「ぐっ!?」
けれど万事休すかと思われたその時、私の服の中に隠れていたアッシュが飛び出した。ルフさんの首に噛みつき、小さな歯を突き立てる。すぐに払い落とされたけど、ほんの一瞬彼女の力が緩んだのを私は見逃さなかった。すかさず自分の腕を引っこ抜き、走り出す。
アッシュは人型に戻っていた。真っ黒なドロドロを召喚し、あっという間にルフさんと私の間に壁を作り上げる。
「アナタ……お前は!」
「クハハ! まだ借りは残っておるぞ、白いの! 首を洗って待っておれ!」
「待ちなさい! おのれ……!」
悔しそうな声が聞こえたが、流石にこの壁があっては追って来られないようだ。今のうちである。私はアッシュと共に薄暗い廊下を走り逃げた。
でもどこに逃げればいいのだろう。脱走がバレてしまったのなら、いっそ外に逃げるべきか。だとしたら……!
「アッシュ! 片っ端から扉を壊して!」
「良かろう! しかし魔法使いはどうする!?」
「できたら助けたいけど、とりあえず私達の逃亡を優先!」
「実に潔し! 木っ端微塵にしてくれる!」
アッシュの魔法が放たれ、手近にあった部屋の扉が壊される。そこへ飛び込もうとした私達だったけど、瞬間噴き出した肉の腐った臭いに阻まれた。
「ッキャーーーーッ!!」
「うわーーーーーっ!!」
部屋の中は、大量のゾンビで満たされていたのである。扉が壊されたことに気づいた奴らは、一斉にこちらになだれ込んできた。
「撤退! 撤退ーっ!」
「ギャワン、同意だ! 我でもこの数は面倒である!」
「こっちの扉に逃げるわよ! アッシュ、ファイアー!」
「ワン!」
「ぐおおおおおおおおおお!」
「ッア゛ーーーーーッ!!!! こっちもゾンビだわ! みちみちに詰まってるわ!」
「どうなっているのだ、この城はーーーー!!」
扉を開けるたびにゾンビが大量投入されるせいで、今や廊下はゾンビの海と化していた。いや、なんで部屋に詰まってるの? どういうコンセプトの城なの? 先生何がしたいの? もしかしてあの武器庫が空いてたのって、今思えばとんでもない奇跡だったの?
そして何より悪いことに、そろそろ私の体力が尽きようとしていた。頭はガンガンするし、気持ち悪いし、吐きそうだ。酸素もうまく吸えなくなってきた。
「あ、アッシュ……」
「なんだ!?」
「もし……私が倒れたら……置いて、逃げて……!」
「この我に指図するな! 我は我のしたいように動くだけだ!」
体が掬いあげられる。アッシュが私を抱き上げたのだ。
「聞け、ロマーナ。やはり逃げるのは無しだ。先にさらわれた魔法使いとやらを探す」
喧騒の中で、よく通るアッシュの声が耳に落ちる。
「恐らく貴様の不調は、溜め過ぎた魔力が原因だろう。リンドウとかいう魔女の言を覚えているか? 鍵による解放を重ねれば、いずれ器がはち切れると」
「器が……」
「先程から我も吸収を試みているが、今のロマーナの魔力は回復に特化したもの。万全である我の身では、十分な量が吸えない」
「……」
「このままでは、ロマーナの身が危険である」
見上げたアッシュは、珍しく必死な顔をしていた。
「だから、一刻も早く城を壊しまくり魔法使いを見つけ出すぞ! しらみつぶしというやつだ!」
「……分かった。それじゃあ、お願いね」
「うむ! では次はこちらの扉を――」
けれどアッシュが扉を壊そうとした刹那、強い光と衝撃が全身を貫いた。アッシュも同じだったようで、私と一緒にゆっくりと体が倒れていく。何が起こったのか。誰がやったのか。それさえ確かめることはできなかった。
ついに私の体は限界を迎えたのである。床に崩れる直前、意識は霞のようにかき消えた。
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