40 怪しげなもの

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40 怪しげなもの

「……どういうことですか、この町は」  ロマーナを追って(厳密にはアッシュの体にあるヴィンの指を追って)旧ノットリー国の中心部に来たヴィンらは、目の前に広がる光景に愕然としていた。  そこには確かに町があるはずだった。ノットリー国が滅んでもなおこの地に住むと決め、日々を営んでいる者達が。  だというのに……。 「これほど……荒廃しているとは……!」  町は荒れ果て、廃墟群と化していた。屋根は剥げ落ち、壁は壊れ。足元に打ち捨てられた子供用のスコップは、すっかり錆びてしまっている。戦争による破壊ではない、時間による風化であることは明白だった。 「オルグ公、この状況について何か情報は?」 「いや。ノットリー城にほど近いこの町は、先の戦争もあって酷く閉鎖的でな。周辺の町とすら交流が無い為、私も全く把握していなかった」 「そうですか。探せば誰か見つけられるでしょうか」 「でも聞き込んでる時間は無いわよ。先にロマーナちゃんを助けなきゃ」  リンドウの言葉に、ヴィンは何も答えなかった。言われずともそうするつもりだったのである。けれど、彼の手は自然と近くの家屋のドアを開けていた。  覗いた中もまた、無残なものだった。朽ちたテーブルと椅子。穴の空いた床板は所々草木が突き破っており、割れた窓にはシミだらけのカーテンがぶら下がっている。  その中で、ひとつだけ気になるものがあった。 「これは何でしょう。……置物? 白い布で覆われていますが」 「ただの埃よけでしょ。ンなことより早く行くわよ」 「外してみるとしましょう」 「分かった、アンタアタクシの言うこと聞く気無いわね?」  重たい布に冷たい手を滑り込ませ、そっと持ち上げる。だがそこに鎮座されたものを目にするや否や、ヴィンは眉をひそめた。 「な、何よそれ……!」 「ヴィン殿、その像はまるであの時の……!」  彼ら見たのは、所々が朽ちた天使のような胸像。その胸の中央には、真っ赤なガラス玉が埋めこまれていた。 「――ロマーナ姫だ」 「ロマーナ姫じゃ」 「なんと大きくなって……」 「しかし百歳の割には幼いような」 「なればこそ、彼女が百年も眠っていた証拠。あの遺物は機能したのじゃ」 「それで騎士は何をしておる? かの者は託されたはずであろう」 「フられたのか?」 「フられたのかもしれぬな」 「じゃあうちの息子の嫁にしたい」 「バカタレ、姫を介護要員にさせる気か」 「そこまで老けとらんわ!」  ……なんだか、周りが無性に騒がしい。あと声が近い。嫌な予感がしつつも、私は恐る恐る目を開けた。  ――しわくちゃのおばあさん達が、ぐるりと私を囲んで見下ろしていた。 「ワーーーーッ!!!!」 「これっ! 暴れるでありませんぞ!」 「レディの顔を見て悲鳴を上げるとは何事ですか!」 「腕を押さえろ! ワシは足を押さえる!」 「何事!? 何事!?」  両手両足を押さえられてパニックに陥る。なんでおばあさんなのにこんなに力が強いの? 右腕側にいる人に至っては、小指だけで私の動きを止めている。何者? 「ワン! やめろ、ロマーナに手を出すな!」 「アッシュ……!」 「そいつに手を出そうものなら、この我が粉微塵にしてくれるぞ!」  雄々しい言葉に頼もしさを感じて、顔を上げる。けれどわたが見たのは、鳥籠の中でもちゃもちゃともがく愛くるしいぬいぐるみの姿だった。びっくりするぐらい無力化されてる。 「あ、あなた方はどちら様ですか!? なんで私達にこんなことを!?」 「なぁに、城で暴れておったから確保したまででございますよ。あのままでは、ゾンビ共が脱走する可能性がありましたからな」 「そうそう。ムンストンに知られたら、我らの首が飛ぶやもしれんで」 「ゾンビのことを知っているんですか? それに、先生の名前も出てくるなんて……!」 「あれには当然我々やムンストンも関わっております。そして……」  青髪のおばあさんが、アッシュの鳥籠をつついた。 「のう悪魔、貴様にも心当たりはあるであろう?」 「心当たり? 何のことだ!」 「しらばっくれておるのか? もしくは、長き封印により忘却されているのか……」 「はっきり言うがいい! ヒト如きが我に隠し立てをするなど誠に不毛!」 「ふむ」  青髪のおばあさんは、他のおばあさんに視線をやった。それから、私にも。 「……説明すべきことは多くあるようです。しかし、今はあまり時間がありません」 「何のこと……?」 「手短にお伝えしましょう。三つ、この婆の話を聞いてください」  青髪のおばあさんは私の眼前に拳を突き立て、くるりと手首を回す。 「まず一つ」  ピンと手の中から何か出てくる。それは、鈍い輝きを放つ黒色の鍵だった。 「私の名は、ティカ・リ・サス・ミズベ。そして我らの正体は、かつて幼きあなたに大量の魔力を送り込み――そして封じた、魔法使いと呼ばれる者達です」  黒色の鍵を前に、私の頭痛はますます酷いものになっていた。
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