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それから1週間。
スマホで連絡をするが未読のままで、こんなにも長い間返信されないのは初めてのことだったため、連絡を待つたった1分1秒がひどく長く感じた。
…何だか嫌な予感がする。
今まで何度か会えない週はあった。
けれど連絡が途絶えたことはなかったため、不安や恐怖で私の心は押しつぶされそうだった。
ずっとそんな事を考えていたからだろうか。
ある日私は夢を見た。
白く眩しいその先にハルがいる夢。
ハルだ…やっと会えた…!!
そう思い駆け寄ろうとすると、まるで地面と足が一体化したかのように1歩も動けなくなってしまうのだ。
必死で前に進もうとする私をハルは、優しく微笑んで手を振り、そして背を向けて歩いていく。
待って…待ってよハル!
私も…私もハルと一緒に…どこまでもずっと一緒に…!
「待って!!」
暗闇の中、天井に向かって手を伸ばしながら、私は目を覚ました。
息は乱れ、頬に流れる涙を袖で拭き取りながら時計を見ると、時刻はまだ午前3時過ぎを指していた。
「夢…。」
そう、ただの夢。
きっとハルに会えない不安の日々から見てしまった夢。
そう分かっているのに、どこからか湧き上がる不安が私を押し潰してしまいそうに感じた。
「行かなきゃ。」
部屋着の上にカーディガンを羽織り、音を立てないように家から出た私は、一目散にハルの家へと全力疾走をした。
まるで何か使命感に駆られるように…そしてこの不安を拭いさりたくて、頭を真っ白にするために。
彼の母親は、息子のもしものために夜遅くも働いてお金を稼いでいる。
だから小さい頃からハルは夜、家に一人だった。
こんな時間に訪ねてきて、迷惑だって思われるだろう。
まだ寝て起きてない可能性だって、なんなら家にいない可能性だってある。
それでも、少しでも会える可能性があるのなら…!
私は彼の家へと一直線に向かい、扉の前でインターホンを鳴らすだけでなく、扉を何度もノックした。
「ハル!私、朱莉!お願い、いるなら出てきて…会いたいの。」
当然のように中から声はしない。
それから数分が経ち、もう朝までここに留まろうかと考えていたその時、奥からカタ…と小さな音が聞こえた。
「…朱莉、どうして来たんだよ。」
「ハル…!だって心配だったんだもん…どうして会ってくれなかったの?」
すると彼は溜息をつき、何かが軋む音と同時に玄関の扉の鍵がガチャッと解かれた。
開けてもいい、というサインだと思いゆっくりドアノブを掴んで開けると……そこには、車椅子に乗り俯くハルの姿が。
「…歩けはするが、すぐ疲れちまってこの有様だよ。……お前にだけは見られたくなかったのに。」
車椅子に座り、首を垂れてそう言う彼の小さな姿に私は何も言えなかった。
「俺はもう長くないんだ…。早くお前と距離を置かないと、離れないと、俺はお前を傷付けちまう。…いや、俺がお前を…諦められなくなってしまう。」
肩を震わせた彼の俯いた頭から一筋の雫が零れ落ちる。
それを見て私は彼の心に色々な葛藤があったことに気付かされた。
死の恐怖が迫り来る中、それでも私のことを考えていてくれた。
それがただただ嬉しくて、これ以上泣くまいと必死で涙を抑えて震えるその姿がとても愛おしくて…私は彼の頭をそっと優しく抱きしめた。
見ないようにするから泣いていいよ、という意味を込めて。
涙の雫で服が冷たくなっていくのを感じながら、私は顔を上げ星達の輝く夜空を仰いだ。
世の中犯罪を犯してもなお、逃げ続けている人たちがいる。
それなのになぜ、何もしていない誰よりも優しい彼がこんな目に遭わないといけないの。
世の中のクズのような人達ではなく、どうして彼が......彼が一体何をしたというの?
誰にも届かない意味の無い不満を、いるかも分からない神様に向かって訴えるよう、私は空を見上げ続けた。
...人生は不平等だ。
そんな毎日を送っていたある土曜の朝。
以前アポをとって話を伺った看護師さんからのメールが届いた。
『少しでも佐藤さんの役に立てば』という文章と共に添付された写真を開くと...
「...!!」
ドタドタドタと音を立てながらリビングへ走って向かう。
「お母さんっ!今日の新聞は!?」
「あら、おはよう。新聞ならテレビの前に置いておいたわよ?そんな慌ててどうしたの...」
お母さんの言葉を無視して、新聞を勢いよく開き、今までにないスピードで読み始めること数分。
新聞の端っこの、誰もが見逃しそうな所に小さくある記事が書かれていた。
「...あっ、た。」
看護師さんから送られてきた新聞の写真と、手元にある記事を交互に読み何度も確かめる。
...間違いない。やっと、やっと見つけた...!
私は急いでハルに『今すぐ、いつもの公園で!』というメッセージを送り、無我夢中で外へ出かける準備を始めた。
さっきの記事も切り抜いてポケットにしまい、私はビョーンと伸びるムギの上体を抱き抱えて、玄関から飛び出した。
「ムギ!お散歩だよ!」
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