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いつの間にか子供達の姿は消えて錆び付いた公園の中、車椅子に身を乗せ、風に揺れる葉を見上げる愛おしい彼の姿があった。
「ハルー!」
「おう、どうしたんだよ朱莉。こんな急に呼び出すなんて。」
車椅子の位置をこちらに向けながらそういう彼の膝の上にムギをそっと乗せ、ハルは嬉しそうにムギを撫でる。
それを遠い目で眺めながら、この瞬間が続けばいいのにと思った。
病に苦しまされ、辛くて涙を流した彼の姿を私は1番近くで見守ってきた。
...だからこそ、
「...ねぇハル。もし、ね」
少しでも希望があるのなら
「病気が治る方法があったら、」
私は彼に...
「ハルは、どうする?」
手術を受けて欲しい。
「......え?」
意味がわからないという風にポカーンとする彼に、私はスマホの画面を見せた。
「実はね、看護師さんから今日の新聞の写真が送られてきたの。...ハルの病気の手術が海外で成功したって。でもね今回が初めての手術で成功率は物凄く低いらしいの。海外となると日本よりも清潔面がアバウトだから感染症になる可能性だってある。...それでもハルに考えてみて欲しくて今日呼んだの。」
ずっと無言で話を聞いていた彼。
そりゃ10数年も付き合っていた病に対していきなりこんな事言われたら、すぐには頭の対処は出来ないだろう。
「...あ、それで今日の新聞の切り取りを一応持ってきたの。えーっと、はいコレ...ってわっ!」
ハルに新聞を渡そうとしたその時、勢いよく風が吹いて私の手から飛ばされて行った。
「ニャー!」
まるで猫じゃらしで遊ぶように、それを追いかけ道路へ向かうムギ。
「「ムギ!!」」
私よりいち早く飛び出すハル。
ガタガタの道路に車椅子が激しく揺れる。
口に新聞の端を咥えるムギを彼は車椅子から身をかがめて手を伸ばし抱き抱える。
幸い、道路から来るトラックとは十分な距離があり、バクバクと鳴っていた心臓を撫で下ろしながら彼らの姿を見つめた。
「こら、道路に飛び出したらダメだろ!」
大声で叱りつけるハルにムギはお構い無しにスリスリと頭を擦り付ける。
「...全く都合がいいな、お前は。」
フッと笑ってムギを撫でる彼。
確かにムギが無事でよかったけど、そこ道路なのに...それを忘れるくらいムギのこと心配して焦ったんだろうな。
フフっと笑いながら私は歩道から道路にいるハルに聞こえるように大声を上げた。
「トラック近づいてるから、早く帰ってきてー!」
「あ、やべっ。忘れてた。」
そういってこちらに向き直ろうとしたその時、
「あれ。」
ガタガタな地面に車椅子の車輪が引っかかり、動かなくなってしまった。
「...んなっ!」
焦る私達の前にトラックは無慈悲にも近づいてくる。
運転手を見てみると、スマホを見ているのだろうか前を一切見ずに左斜め下を見て、こっちに気づかない。
「ハル...っ!」
さっきとはまるで違う恐怖が私たちを襲う。
ダメ...危ない!
大好きなハル。大切なハル。
私の命よりも大切な......。
次の瞬間、私は考えるよりも早く体が動いていた。
ドンッ!
道路に飛び出した私は彼の車椅子を力いっぱい押し出し、驚いた彼の目を見て笑って言った。
「絶対生きてね。...大好き。」
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