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決心
あの日、俺の最愛の人が目の前で死んだ。
トラックに轢かれぐったりと倒れた朱莉を、俺は初めてこの手で抱きしめた。
やっと…やっと、抱きしめることが出来たんだ。
今まで俺にはそんな資格がないと思い、出来なかった事をやっと思い切りできた瞬間だった。
「朱莉…目、開けろよ。俺より先に死ぬな!朱莉!!」
揺すってみても、ピクリともしない朱莉の身体に俺は顔を沈めた。
「…好きだ。俺もお前の事、ずっと前から…大好きだったんだよ。だから、お願いだから、目覚ましてくれよ……朱莉。」
いくら呼んでも返事のない彼女の服に、ポタポタと水のシミが広がっていく。
周りの人のザワザワとした声や、救急車の向かう音、トラックの運転手の狼狽えた声……そんな騒がしい周囲の中、俺は自分の鼻をすする音しか聞こえていなかった。
あの時の腕の中で好きな人が段々と冷たくなっていく感覚は今後二度と忘れることは無いだろう。
あれから数ヶ月後。
『○○行きのお客様、只今からチェックインを始めます。カウンターへお越しください。』
と空港のアナウンスが響く。
「時間だ、行くぞムギ。」
「ニャー。」
先が少し折れた尻尾を揺らしながらムギは、俺の声に反応するようにこちらを向いて鳴く。
あの後俺は葬式の後すぐに日本を飛び立つ準備を始めた。
手術を受けることに迷いなんてない。
だって、彼女が一生懸命探して見つけた生きる術を俺は無駄になんて出来ないから…。
それに何故か大丈夫という自信があった。
昔の人は尻尾の先が折れていたり、短く丸まっている猫を『かぎしっぽ』と呼び、幸運を招く猫として縁起のいいものとしていた。
幸運をもたらす『かぎしっぽ』を持つムギ。
俺と朱莉を会わせてくれたムギ。
こいつがいる限り、俺は大丈夫な気がするんだ。
…それに朱莉、お前もきっと空の上から俺を見守ってくれているんだろう?
「…よしっ!行くか!」
俺はムギをケージに入れ、朱莉との写真と新聞の切り抜きを手に、飛行機へと乗り込んだ。
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