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愛娘
毎日帰宅する時、ひとつのサプライズを期待する。
「ただいま」
俺が玄関のドアを開けると、子供部屋へ続く階段から「おかえりなさい」と愛娘…亜衣が顔を出す。屈託のないその笑顔。愛しい我が子の声。
この2年間、期待しては現実を知り、肩を落とす。
静まり返った家の中。
まぁ、家中の明かりがほとんど消えている時点で、分かってはいるが。
それでも、もしかしたら俺を驚かそうと電気を消したままなのかもしれない。懲りもせず、いつも最後までそんな期待をしてしまう。
妻は…2階の亜衣の部屋だな。
そこだけ電気がついていたのを、外から確認している。
廊下、階段と順番に電気をつけていく。
コンコン。亜衣の部屋のドアをノックし、そっと開ける。
「ただいま」
妻は、眠ったままの亜衣に小説を読み聞かせている最中だった。
今日も亜衣が好きそうな、王子様とお姫様の話か。
王子に誤解されながらも懸命に努力し、苦難を乗り越え、やがて誤解は解け最後はハッピーエンド。
亜衣は14歳の時に事故に遭い、一命は取り留めたものの、意識はあるかもしれないが反応がない”最小意識状態”になってしまった。
妻はそれ以来、亜衣の為に懸命に世話をしてきた。
介護、問いかけ、本の読み聞かせ、全身の運動、マッサージ。食事の匂いを必ず嗅がせるようにもしている。
子供部屋に似つかわしくない、大きなテレビ。
学校のクラスの友達が1年間だけ毎月作ってくれたビデオメッセージ、合唱、授業・部活の風景の映像を流す。
その間は、妻の休息時間となるのでありがたい。
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