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 真冬の海はひどく冷たかった。いや、リコの唇の方がもっと冷たかった。俺はあの温度を一生忘れない。  けど、その一生がもうすぐ幕を下ろそうとしている。だって、ここは真冬の海のど真ん中。しかも俺、泳げねえんだぜ! 「死ぬ! 死ぬ! 誰か助けてくれえっ!」 「バカだね。リコがあなたを死なせるわけないじゃないか」  え? 思わずバタ足を止めた俺の足は、海底のヘドロの上にしっかりと立っていた。なんだ、立てるじゃねえか。  遠くの方に線路が小さく見える。  俺は、遥か彼方の線路から大きな放物線を描いて海に落ちる様子を頭の中でシュミレートした。そうか。きっとリコの計算だ。だから着水時のショックがほとんどなかったのだ。すげーよ、リコ! 「って君、誰?」  俺の目の前に立っている女は、アーモンド型の眼がリコとそっくりだった。  黒いタートルに細身のジーンズ。ブーツインもなかなかサマになっている。  少し先のスカイウェイ(高速飛行道路)の脇に真っ赤なウィンカー(自動飛行車)が翼を閉じて止まっていた。 「お疲れ、神田主任。はじめましてというべきなのかな」 「君が中野――」  中野は返事代わりに缶コーヒーを投げて寄越してきた。ぬくい。俺はむさぼるように缶コーヒーを頬にあて暖をとった。 「リコが世話になったな。ありがとう」 「いや」
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