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突然、休憩室のスピーカーが鳴った。
『ドクターヘリ、エンジンスタート!』
驚いて振り返る。
「えっ? こんな天気で飛べるの?」
間髪を入れず私のスマホが鳴った。
「はい安曇です。六十代女性、火事で全身熱傷ですね。了解です、出動します」
休憩室を飛び出すと、フライトナースの佐川さんがこちらに向かっているのが見える。二人一緒に待機室に飛び込み、フライトバッグを肩に掛けるとヘリの格納庫に向かった。格納庫に入り、離陸準備中のヘリの後席に佐川さんと左右に分かれて飛び乗った。格納庫前はしっかり除雪されていて、ヘリの飛行には問題無い様だ。
「それでは離陸します」
ヘッドセットから大宮機長の声が聴こえる。
ヘリは格納庫を出ると、大きくエンジン音を高めながら離陸をした。高度を上げながら左に旋回すると速度を上げて行く。
「夜に雪が降りつもったんですね……」
佐川さんのその呟きに眼下を見ると、幹線道路も殆ど除雪が終わっていない。
「安曇先生、あそこです」
大宮機長の声に前方を見ると、煙が上がっている住宅が見える。
「あの火事で火傷を……」
ヘリが右へ旋回する。
「あの小学校の校庭に降ります」
火事に遭った住宅の右側、小学校の校庭はヘリの着陸の為に除雪がされている。その横に救急車も停まっている。ヘリは左旋回をしながら高度を落とし、ゆっくりと校庭に着陸した。
ヘリのドアを開けて佐川さんと一緒に救急車へ走って車内へ乗り込む。
ストレッチャーの上には初老の女性が横たわり、呻き声を上げている。救急隊員が簡単な説明をしてくれる。
「立川明美さん、六十二歳。TBSAの四十パーセントを熱傷している様です」
私は頷くと、立川さんに声を掛けた。
「立川さん、分かりますか? 医師の安曇です。痛いですか?」
「……はい……、せ、先生。身体中がヒリヒリします……」
意識もあり呼吸も正常。上気道狭窄もなさそうね。
「大丈夫ですよ。火傷の状況を診ますね」
掛けられてたシーツを捲ると腹部の熱傷を確認する。思いの外、熱傷は広範囲で深い。急いで処置しないと。
「直ぐにヘリで病院へ」
ドクターヘリに運ばれた立川さんは約十分で、帝国大学病院に到着した。
ーーー
立川さんの処置が終わったのは、彼女を手術室に運び込んで二時間後の事だった。結局、全身の40%がⅢ度の熱傷であった為、命の危険もあったけど、迅速な対応により当面の危機を脱していた。今日行った手術は損傷した皮膚を剥いで、人工真皮で置き換える所までだ。この人工真皮は定着せず一週間程で剥がれてしまうので、この後は、今日採取した正常の皮膚を培養してその表皮を移植する手術を数回受ける事になる。
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