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蒼い人03-幼年編3
深夜二時過ぎ。
南青山にあるマンション。
スタンドだけが点いてる薄暗い部屋のベッドに、二人の男女が裸で寝ていた。
サラサラの髪を金髪にしている男と、その男の腕枕で寝ている茶色のロングヘアが乱れている女。
二人とも心地良さそうに寝ている。
だが、男の方がふと目が覚ました。
「…ん…んん」
一瞬目が覚める、誰にでもよくあること。
そのまま、また夢の中に誘われそうな眠気に襲われる…。
そんな寝ぼけ眼の中に黒いものが映った。
“夢か”、それこそ“寝惚けているのか”と、男は体少し起こし、眉根を寄せ、目を凝らした。
「……っ!」
ガバッと起き上がる男。
寝惚けていたのではない。
薄暗い部屋の横隅に確かな人影があった。
「だ、誰だっ!?」
その声に驚いた、隣で寝ていた女も目を覚ます。
「な、なあに…!?」
体を起こし、男の目線を追うように同じ方を向くと、そこに人がいることを知り、露わになっている胸を布団で慌てて隠した。
その女は、奏の母、真由美だった。
男は、枕下に隠してあった拳銃を、人影に向けて構えていた。
拳銃を携行している。この男、まともな類ではない。
名は、瀬上 啓太。元半グレあがりで、今は経営者だ。
経営者といっても、複数のバーやクラブを経営している親から一つを譲ってもらって、その座に居座ってるのだ。
「なかなか、楽しそうに過ごしてるみたいだな」
スタンドの灯りが辛うじて当たる所まで歩を進めると、人影だった男の顔が薄らと映った。
微かに毛先が蒼い、青年だ。
「あんだてめーどこから入った!?」
マンションのセキュリティーは万全だと思っている中で、知らない人物が自分の部屋にいる事実に困惑した男の声は、震えていた。
「…とんだ慌てようだな、瀬上なんだっけ?確か啓太」
名前を知られている。男、瀬上は、更に恐怖を抱いた。
「何なんだ一体!?銃が見えねえのかよ」
全く動じない青年。
瀬上は腐っても裏社会にいた人間。青年の余裕ぶり、冷静さは、ハッタリでないと肌で感じた。
「大声で騒ぐな…」
青年は、ゆっくりとベッドに歩を進めた。
そして真由美と奏の写真をポケットから取り出し、瀬上の目の前でそれを見せた。
「…これは」
写真と青年とを交互に見つめる瀬上。
「ちょ…あんた何よ!それどこから…!?」
写真を横から覗き見て、あからさまに動揺する真由美は声を荒げた。
「桐島 真由美……奏の母親、だな」
真由美は、目の前の青年が何故自分と子供の名前を知っているのか、気味悪そうな顔をした。
青年は、眉根を寄せると、瀬上の持っていた拳銃を掴み上げ、手首を捻るのうにスルッと奪った。
「…っ!」
瞬きをするよりも早い出来事に、瀬上は声を上げる間もなかった。
「…“トカレフ”?ああ…半グレのくせして銃なんて持ってると思ったら、こいつは…中国のパチモンだぜ、“瀬山”」
そういうと、取り上げた拳銃からマガジンを抜き取り、スライドを弾いて、薬室に入ってた一発の弾丸を排出した。
そして、空になった拳銃をベッドに放り投げると、瀬上の首を左手で締めながら、ベッドに押し倒した。
「うごごっ!」
もがく瀬上。きゃあっと叫ぶ真由美。
青年は、右手で脇のホルスターから拳銃を取り出すと、瀬上の額に銃口を押し付けた。
「…ひっ!」
妙な声を上げる瀬上。
「おい“瀬山”お前、何をした…?」
青年の冷酷な目。
瀬上は、青年の異常なまでに殺意に満ちた目が、そして手にしている拳銃が間違いなく本物だと理解した。
半グレ時代、危険な人間との接触は幾度もあり、怖いもの知らずだった瀬上。
だが、その経験など何の足しにもならないほど、目の前の、それも自分より年下の若い男から発せられる空気は、危険だとも理解した。
「な、何のこと、だ、よ」
上擦った声で、質問を返す瀬上。
青年は、お絵かき帳に、怖い顔をした男の絵が描かれていたのを思い出す。
自分だと思われる絵が描かれた同じページに、拳を振り上げたような格好をした、目の吊り上がった顔の男の絵だ。
子供らしい絵の中に、今目の前にしている瀬上本人の顎下についてるホクロが、ちゃんと描かれていた。
奏は、描く絵でこの男から暴力を振るわれていたことを伝えていた。
「…“瀬山”、奏に最後に会った日、お前何をした?」
青年は、親指で拳銃のハンマーを引いた。
ガチャッという無機質な音は、一瞬で瀬上に大量の冷や汗を流させた。
「ちょ、待て。せ、瀬山じゃねえ!瀬上だ!」
「あ?」
「名前違ってるってつうんだよ」
「…どっちだっていい」
「いや、最初はちゃんと瀬上って言ったじゃねえか」
青年は、首を絞めている左手の握力を強めた。
「んなことはどうだっていい。俺が“瀬山”と言ったら、お前は瀬山だ、“蝿”と言ったら蝿だ」
呼吸が困難になってきた瀬上は、声にならない声で苦しそうに騒ぐ。
青年は、瀬上が喋れるように左手の力を少し緩めた。
「…もう一度訊く。奏に、何をした?」
瀬上の目はキョロキョロと、何か答えるのに言葉に迷っているようだ。
瀬上は日常的に奏に暴力を振るっていた。
青年が何者で、何が目的かは判らないが、思いつくことは、奏に対する暴力だった。
逆にいえば他にはない。
そのことに対する警察の捜査なのかと一瞬思ったが、真夜中に、人の家に侵入する警察官がいるわけはないことも、すぐに理解はした。
それでも、あの子に関係している以上、自分の振るってきた暴力に他ならないであろう。
「…し、しつけ!躾をした!」
慌てて出した言葉を聞き、青年は怪訝な顔をする。
「し、つ、け…だ?」
「ああ、そう、そうだ。あいつが、俺の上着に水溢しやがったから、ちょっと叩いた!」
青年は、銃口を突きつけたまま、目で圧を掛けた。
見たことのない目力。それは“絶対に殺す”ということを伝えた。
「…叩いた?なら、俺も今この引き金を引いても、“叩いた”で通じるな」
奏は、腹部を押さえて苦しんで死んでいた。叩いた程度なわけがないことは、判っている。
青年は、掛け布団越しに、瀬上の股間に銃口を移動する。
「…とりあえずお前みたいな外道は、子孫残を残さないように、ここ破壊しとくか」
「待て待て待てっっっ!!!」
慌てて後ずさる瀬上。
その勢いに、真由美をベッドから押し出した。青年が左手をパッと放すと、瀬上は勢いよく自らも床に落ちた。
青年は、二人に銃口を向けたまま、起き上がるのを待った。
「な、何でこんなことをするぅ?金か!?それとも、真由美の元旦那か?」
青年に投げかけた瀬上の質問に、真由美の方がブンブンと首を横に振った。
「し、知らないって、こんな奴。啓太、何見当違いな質問してんのよ!」
二人の様子を見て、青年は深くため息をつき、ベッドに座った。
「…おい、あんた。真由美さんよ」
「な、何よ?」
「アパートにいつから帰ってないんだ?」
「はあ?あんたに関係ないでしょ、そんなこと。それに何であたしが住んでるのが“アパート”だって知ってんのよ?ストーカーか何か?キモい」
青年は、座ったまま右脚をスッと上げ、床を思い切り踏みつけた。
履いている靴の踵が、フローリングにぶつかると、ダンッッッ!!と凄まじい音をたてた。
驚いた二人は、口をきゅっと閉じ、静かになる。
「…話してるのは、俺だ。余計なことは喋んな…」
青年に気圧された二人は、それだけで命の危険を感じた。
青年の圧が、それだけ凄いのだ。
「奏…あんたの息子、死んでたよ」
青年の言葉に、真由美はきょとんとした顔を見せた。
まるで、自分のこととは関係ないような。
あまりに衝撃的な話に現実として受け入れらないとか、理解が追いつかないとかそういう顔ではない。
「…何だその顔。自分の子が死んだんだぞ、解っているのか?」
真由美の反応に苛立った青年のその声に、静かな怒気が籠る。
「…ああ、死んだんだ?へえ」
口を開いたかと思えば、真由美は薄笑いを浮かべた。
「…数日帰らなくても、いつも平気だったけどさ、死んだって、はは」
気の抜けた口調。
まるで縛られていたものから、解き放たれて気楽になったような、そんなほっとしたかのような雰囲気を醸し出していた。
「…正気か?お前、奏の母親だろ」
青年がそう言うと、真由美は急に声を裏返しながら叫んだ。
「うっせええよ、それが何だ!」
青年の予想の斜め上を行く、真由美の反応だった。
「“母親だろ”、“母親なんだから、”誰もがそう言う。母親だったら産んだ子供愛せ?責任を持て?冗談じゃ無い!無理なもんは無理なんだよ!」
青年は、目を細めた。
そして頷いた。
「……解った。それがお前なんだな。だが…」
青年は、言葉途中で黙ると、銃口を瀬上に向けた。
「それとお前が奏にしたことは別もんだ“瀬山”」
バンッ!
乾いた銃声が部屋に響き渡る。
チャリンと、排出された薬莢がフローリングに落ちた。
引き金を引くのに躊躇いのない青年の発砲に、瀬上も真由美も一瞬頭が真っ白になった。
そして瀬上の方は、遅れてやってくる衝撃と熱さ、そして痛みがじわじわと感じてくる。
撃たれたのは腹部だ。
瀬上の腹部に小さな穴が空いた。その穴からゆっくり血が垂れる。
瀬上は、痛みを感じてきて穴に両手を当てた。暖かく、滑る感覚が両手をどんどん覆っていく。
流れてる血はゆっくりだが、とまらない。どんどんと出てくる。
へたり込んでいたフローリングも、赤く染まっていく。
「て、てめえ…正気じゃなえ」
苦しそうにそう言う瀬上。
側にいる真由美は、さっきの大声を出した勢いは消え、目を広げて震え出していた。
「苦しいか?」
青年の質問の意味することが理解出来ない瀬上。
「確かに…あのガキには少し厳しくした。でもそれが、会ったこともないテメェに…何でこんなことされなきゃ…なんねえ?」
冷や汗が脂汗に変わり、苦しそうに尋ねる瀬上。
青年は、ベッドから降り、そんな瀬上の髪を掴み、自身の顔を近づけた。
「奏はな、お前の暴力で死んだんだ。腹抑えてよ、その死に顔は本当に苦しそうだった…」
瀬上は、青年の話に思い出したことがあった。
真由美の家に、最後に行った日、奏を蹴り飛ばしたことを。
理由は大したことではない。
買い置きしていたジュースを飲まれた、ただそれだけだった。
もともと気に入らなければ暴力を振るう対象だった“クソガキ”であり、自分の物を飲まれたというその行為が、瀬上には酷く癇に障ったのだ。
蹴った後、確かに奏はうめき声を上げてはいたが、死ぬとは思っていたなかった瀬上。
「…お前も同じように腹抑えて苦しめ。そして死ね」
「え…し、死ねって…」
「腹ってのはどんなに傷ついても簡単には死なない。ひたすらに苦しみが増して、運が良ければ明日…悪けりゃ死ぬのに二、三日はかかる…」
青年はそう言い、ベッド横にあった瀬上の携帯電話に向けて、拳銃を発砲した。
バンッ!という銃声とともに、砕け、弾け飛ぶ携帯電話。
そのまま、反対側のベッド横にある、真由美のものと思われる、ストラップが幾つか付いてる携帯電話に向けても、拳銃を発砲した。
瀬上は、焦った。
携帯電話を壊されては、救急車を呼べない。
青年は“それを知って”わざと破壊した。ここに侵入した際に、固定電話が設置されていないのも確認していた。
「…わ、悪かったそんなつもりは…反省するから助けて…救急車呼んでくれよ…な?」
止まらない出血に、慌てる瀬上。助かりたい一心で、言っているその言葉には、本当の反省はないだろうことは、青年には
解っている。
青年は、瀬上の言葉など無視し、今度は銃口を真由美に向けた。
「ひ、ひいいっ!」
自分も撃たれると思った真由美は、恐怖し、両手を前に出した。
バンッ!バンッ!バンッ!
そんな彼女に向けて、容赦なく発砲する青年。
発射された三発の弾丸は、真由美の髪の毛を素通りした。
真由美は、放心状態になり、失禁した。
青年は、拳銃をホルスターにしまうと、排出された六個の薬莢を屈んでゆっくり払った。
そして、部屋の隅の暗い方へと歩いて行き、その姿を消した。
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