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蒼い人01 少女編
気まぐれ。
彼らにとってはそうだった。
“ちょっと小腹が空いたから”、冷蔵庫の中のものを摘む。 “ちょっと眠いから”、昼寝をする。
“そんな”感覚と同じ。
彼ら若者たちは、ちょっと女を抱きたかっただけ。
暇つぶしと、有り余る性欲を発散するという、実に幼稚な考えだが、一般人の考える常識など“かけらも”ない連中である。
だから“誰でも”よかった。
彼らはいわゆる不良。 中でも“ストリートギャング”と称している、もっと質の悪い輩。
それは、最低限、社会に対応出来るような人材に育てる程度がノルマの、悪が集まる学校の少年グループから始まった、集団だった。
法に保護された未成年であることを知って犯罪に走る、確信犯揃いのとんでもない連中だ。
強盗、強姦、裏社会の取引に関わり、そして殺人も…。 まさにギャングだ。
「最近俺らに近づくような女、飽きてきたから、たまには違う感じのとヤリてえな」
古びた雑居ビルの裏路地に屯しているグループの、リーダー英明がそう言った。
こういう連中は、女には困らない。いつの時代も、悪い男に惹かれる女性というのはいるもので、彼らのような者に、魅力を感じる年頃の少女は、決して少なくなかった。
しかし類は友を呼ぶ。彼らに惹かれるのは似たような不良少女たちや、社会や大人に反発することを格好いいと思うような子が多かった。
彼らは、“そういう”少女たちとの行為には飽きていた。
飽きれば新しい物を求めるのは、食事と同じだ。ただ、彼らは見境がない。今夜は自分たちの世界とは無縁の、もっと“普通”の少女を求めていたのだ。
そんな欲望の目が獲物を狙っているとは知らず、犠牲となるのは純粋な少女。
彼らは、廃虚のビルや裏路地に屯していることが多いが、獲物としている”まとも少女“が、まさか人気のないそんな場所に来るわけもなく、グループの中の三人が表通りで、網を張るように待ち構えていた。
時間は十九時。
まだ表通りは人で賑わっている。
「おい、あれ」
少年の一人が顎で“あっち”を見ろと他の二人に示した。 その先には、中学生くらいの少女が歩いているのが見える。
この時間、塾帰りか部活帰りか、制服を着た背の小さい、小柄な少女。
「ガキすぎね?」
「バカだな、だからいいんだろ。拉致りやすいし、暴れても楽だ。それにたまには違うタイプもありだって、英明さん言ってたじゃねえか」
それもそうかと納得する二人。
三人は、少女の向かう方向へ先回りした。
“突然襲われたら、暴れてでも逃げよう”
映画のそれらしい場面を観ると、そう思うことが一度はあるだろう。
少女もそうだった。
しかし、映画で観るのと、実際に襲われるというのは全く違う。
突然背後から抱きつかれ、締め付けられ、引っ張られる。
そんな“非日常的”なことなど体験したこともなく、何が起きたかなど理解する間すらない。
痴漢をされる、突然に罵声浴びせられる、人はそんな非日常的なことが突然起きる脳が思考が停止するのだ。拉致となれば、理解が追いつくはずがない。
少女はあっと言う間に裏路地に引きずり込まれた。
彼らの手際の良さもあるが、人が賑わっていることがかえって少女を拉致しやすくしたのだった。
「誰かにバレてねえか?」
「いや、楽勝だぜ。小さいやつ選んで正解だな」
「だろ?」
少女は自分が良くない者に捕まったことにようやく理解し、慌て怯えた。
「暴れんなよ!」
脇と脚を二人の男にガッチリと抱えられた少女は非力そのものだった。
表通りの雑踏が、建物に遮られながら聞こえるようになり、少女は裏路地の奥まで連れて来られたこと知る。
「お、早えな」
リーダーの少年、英明は座っている錆びた非常階段から立ち上がった。
「いいカモがいたんだよ」
少女は、水気のある湿った地面に落とされ、転がった。
「おぉ!」
英明は嬉しそうに叫んだ。
「これは美味しいな!見た目はガキだが、顔は可愛いじゃねえか」
嬉しそうに鼻と鼻がくっつきそうな距離に英明が顔を近づけると、少女は顔を背けた。
「マジで?やっぱこいつ選んで正解だったな」
「ケバい女には飽きてて、こんな可愛いのやべえよ、見てるだけで興奮してきたた」
周囲の仲間の少年たちはそれを聞いてゲラゲラ笑った。
少女はこれから何をされるか理解し、物凄く恐怖した。
震える脚に力を入れて立ち上がり、その場から逃げようとした。 だが不良たちは十人で周囲を囲んでる。すぐに行く手を阻まれ、突き飛ばされた。
小柄な少女がどんなに必死にもがこうが、本気になった男の力に叶うわけがない。 ましてや、相手は複数。少女は自分が“されること”への恐怖にひたすら抵抗したが、もがけばもがく程、自分の非力さに絶望した。
「いいね、余計そそるわ」
英明は少女の髪を掴み、舌先で頬を舐めた。
「俺らの女じゃすぐ股開いて、抵抗なんて演技でもしねえ、マジいいねぇ」
拉致をした少年たちも、リーダーが喜んでいることに満足しているようだ。
「小さいから暴れてもてこずらねえし、マジでこいつで正解だったわ」
周りのそんな会話が少女をより恐怖の底へ突き落とす。
「お前らも犯るだろ。こういう女の中に出す時の面に興奮しすぎんなよ!」
そう言い、英明がズボンのベルトに手をかけ、ジッパーを下ろした。
——もうだめだ…
絶望の中、助かることを諦めた少女は目を力強く瞑り、涙を流し始めた。
「うわ~たまんねえ、そのツラ」
少女の髪の毛を更に引っ張る英明は嫌らしい笑みを浮かべ、少女の耳元に口を近づける。
「今から気持ちよくしてやるよ。どんなに悔しくてもイヤがっても、そん時は目逸らさず俺を見ろよ」
引っ張っている髪の毛ごと頭をぐいっと持ち上げると、少女は痛そうに歯を食いしばった。
「いっ…!!」
その漏れた苦痛の声を聞くと、英明は更ににんまり笑った。
「だっせえけど、俺、今日は早そうだわ」
そう言い、ズボンを脱ごうとした、その時だった。
仲間の内の一人の声に、英明はズボンを下ろす手を止めた。
「おい……何だあいつ」
全員が一斉に振り返った。
ビルとビルの隙間から、ネオンの光が入り込み、裏路地を所々照らすその光に薄らと人影が見えた。
少女も目を開け、少年たちと同じ方を見た。
人影はゆっくりと、少年たちの方に近づいてきた。
ズボンを上げ、ベルトを閉め直す英明。
「…何だお前は?」
近づいてくる人影に向かって、英明は言った。
近づくにつれ、人影の姿がはっきりと見えた。 若い男だ。少年たちよりは少し歳上のようだが、二十歳くらいだろうか。
髪は薄青く染められていて、そして手には刀を持っている。
少年らは、その男が“裏社会の者”だとすぐに解った。 刀を持っていたこともあるが、何より漂う雰囲気にだ。
「どうやらあんたも、まともな者じゃねえな。だけどよ、ここらは俺らのシマだ。おまけに今はかなりのお楽しみの最中だし、黙って通してやるから、とっとと消えな」
そう言う英明の言葉が聞こえているのか、いないのか、男はゆっくりと少女の方を見つめた。
男の目に映る少女は、涙で目を赤く腫らし恐怖で歪んだ顔をしていた。そして薄汚れた制服。
その様子を確認した男は表情を変えずに、ようやく口を開いた。
「その女を置いて黙って消えたら命は助ける…などとヌルいこと言う気はない。それでも抵抗せず女を置いて消える気があるなら、骨を二、三本へし折るくらいで許してやる」
男がそう言うと、喧嘩に対しプライドの高い少年たちは怒りだし、大声で叫び出した。
その中でも英明は、額に血管を浮かび上がらせながらも、怒りを抑えて言った。
「あんた何か勘違いしてねえか。俺たちは、ストリートギャングだぜ。裏社会にも顔は効く。喧嘩自慢のヤンキー程度と一緒にしてたらマジ死ぬぜ」
少年たちは一斉に武器を手にした。ナイフやロッド式の警棒などだ。
「あんたなら見てわかんだろ?ガキのヤンキーがハッタリに使うピカピカのとは違え、使用済みだ。俺たちは戦いでのし上がってここらを仕切ってる、不良中の不良だ」
リーダーの英明は大きなサバイバルナイフを逆手に持ち、構えを取った。
使い込まれたナイフ。 上半身からの攻撃を意識したバランスのよい前傾姿勢。 我流か、何かの格闘技の経験者かはわからないが、特にこの人物は戦いに慣れているようだと、男も理解した。言ってることは決してハッタリではないと。
「あんた、その刀さ、抜きなよ。この人数のストリートギャングが相手だ。遠慮はいらねえぜ。ってか、今さら穏便に済むなんて思っているんじゃねえよな?」
少年にそう挑発をされたが、男は刀を抜く様子はなかった。
「何だ、その刀はハッタリか!?ビビり野郎がっ!!」
少年の内の一人が、男に近づき襟首を掴んだ。
「何とか言えよ!!」
怒鳴られた男は、その少年にボソッと何かを語り始めた。
「あっ!?ハッキリ言えや!」
よく声が聞き取れない少年は、掴んだ襟首を持ち上げ、耳元に男の顔を近づけた。
「…敵に、むやみに接近すると危険だ」
「な、何だと」
少年は自分の体の違和感に気づいた。
「あ、あぁう」
男の指を突き立てた手が、少年の脇腹に食い込んでいたのだ。 抜き手だ。 そして食い込ませた手を、ぐっと握った。
「あぎゃっ!!」
少年は血走らせた目を大きく開き、悲鳴をあげた。 男がわき腹の中で肋骨を握り折ったのだ。
「はなぜっ!はなぜえっ!」
少年は男の手を抜こうともがいた。 だが男は手を離さない。
「女が犯されてる気分ってのは、こういうのと変わらないんだぜ」
男は折った肋骨を握ったまま、手を引き抜いた。
「びゃああっ!」
少年の脇腹から、血の着いた肋骨が二本尽きだした。
涙を流しながら少年は叫んだ。
「そして汚された時の気分が、これだ」
男は泣いている少年を蹴りあげ、地面に転がすと、肋骨の尽き出ているところを踵で踏み始めた。
「やめてほしいだろ?こういう気分だ、解ったか?」
少年は失禁しながら、暴れた。
「やめでるれ…」
「ん?やめて?女がそう助けを求めても、貴様らみたいな猿はやめないだろ」
一瞬、男の圧倒的な強さに引いてた少年たちだったが、英明に「お前ら、ビビってんじゃねえ!殺れ!」と怒鳴られ、一斉に男に襲い掛かった。
「てめーちょーし乗ってんじゃねえっ!!」
「死ねこら!」
そんな叫びと共に男に攻撃を仕掛ける少年たち。
しかし襲いかかった少年たちの攻撃は、男に当たることはなかった。
一瞬、まさに瞬きをする間もなく、少年たちは地面に倒れていたのだ。
十人もの武器を持ったストリートギャングが一瞬で倒される時の男の動きが不自然に速かった。いや、速いなんてものではない。
腕が反対に折れ曲がっている者や、衣服の上からでも判るような陥没の跡が胸部にある者、一人ずつ大きなダメージの跡がはっきりと判るようについていた。
グループのリーダー、英明はズボンから血が滲み出ている股間を押さえ、白目をむいて気絶していた。
「お前は“二度と”女は抱けない」
すでに意識もなく聞こえてはいないであろうリーダーの襟首を掴んで頭を持ち上げ、男は耳元でそう囁いた。
そして少女には目もくれず立ち去ろうとした。
あまりに現実離れしている出来事に、何が起きたか理解が追いつかない少女だが、
自分が絶望から救われたことはわかった。
「…あ、あの!」
震えに耐え、少女は声を振り絞って去ろうとする男に声をかけた。
男は足を止め踵を返したが、ネオンが逆光になり、顔がよく見えなかった。ただ、薄らと青い髪だけはよくわかった。
「助けてくれて、ありがと…ござい」
「礼はいらない」
言葉を遮られた少女は、困惑した。
男は倒れているギャングたちを指さす。
「奴らのやられ方を見てみろ。俺は決していい奴ではない。親切で助けたわけでもないし、通り掛かったのも偶然だ」
何も言えなくなった少女を少しの間見つめると、男は黙ったたまま去って行ってしまった。
その後、少女は無事帰宅はしたものの、汚れた制服を見て、母親が驚きの声をあげた。
そしてすぐに警察に連絡を入れたのだった。
その翌日、少女は母親と警察署に来ていた。 昨夜の被害届けを出すだけのつもりだったが、事情は少し変わった。ギャングたちは全員逮捕されていたということを知らされた。
あのあと、誰かが匿名で“少女が乱暴されそうだ”と警察に通報した者がいたそうで、駆けつけた警察官たちに全員捕まったそうだった。
実際には、そんな少女などおらず、ギャングたちは全員負傷して倒れていたのだが、別件の凶悪事件の容疑が複数あったために逮捕をするに至った。
警察も捕まえるのに苦労していたグループだったので、この機を逃すつもりもなかったようだ。
通報にあった“乱暴されそうだった”少女の件については、細かな調べはが必要だったが、被害届けに来た時に少女の話と辻褄が合ったことで、話はまとまった。
長い時間を警察署で過ごし、ようやく開放され帰ろうとしたところ、少女に“今回の件”について話が聞きたいと、別の刑事に引き留められた。
少女が待っていた部屋のドアが開き、ヨレたスーツを着た初老の刑事が入ってきた。 ベテランという雰囲気が漂っている。
だが何より驚いたのは、その人が男性だということ。
被害の話を聞く時は女性の職員だった。
性犯罪の被害者女性には、通常話がしやすいよう女性の担当が当てられるものだと思っていたからだ。
「待たせて悪いね」
刑事はガラついた渋い声で謝り、頭を下げた。
「あ、いえ」
「さっき別な刑事から聞いたと思うが、君に酷いことをした連中は昨夜のうちに全員逮捕された。もっとも全員重傷。命に関わることはないが、今後は大なり小なり障害を抱えて生きていく者が半分はいるだろう。そして未成年とはいえ、裁判が終わる頃の年齢を考えると、刑務所行きは免れまいて」
それを聞き驚きを隠せない少女。昨夜、自分に恐ろしいことをしようとしていた少年たちの半分が、障害が残るほどの負傷をしていたことにだ。
「驚くのは無理もない。しかし奴らはあの辺り一帯で悪さの限りを犯してた連中でな、警官も一人殺されているんだ」
両手で口元を押さえる少女を見て、刑事は首を横に振り、苦笑いをした。
「おっと、君にするような話ではなかったね」
そう言い、ファイルを開き、書類を取り出した。
「君が大変な目にあったのは解っているが、少しだけ話を……聞きたくて、引き留めたんだ」
手にした書類に目を通し、刑事は間を空けた。
「いいかい?知りたいのは、さっきの聴取で言ってたという、“君を助けた男”のことだ」
少女は忘れることの出来ないような怖い体験をしたものの、その男のお陰で心身ともに本当意味で大きな傷を負うことはなかった。 ストリートギャングたちは信じられないほどの深手を負ったと聞かされた瞬間はショックを受けたが、昨夜の体験を思えば男のしたことは間違いだとは、内心思っていない。
「間違いなく、青い髪の刀を持った男だね?」
「はい…」
「顔はよく見えなかったと?」
「えと…はい」
「どうして君を助けたんだろうね?」
解らない。少女は返答に困った。 ”親切ではない”と、はっきり男に言われている。
「実はね、私は一年くらい前から、青髪の刀を持った男を追っているんだ」
「やっぱり悪い人なんですか?」
男が自らを“いい奴ではない”と語ったことを思い出す少女。
「やっぱり?」
「あ…いえ」
「まぁ、なぜ助けたのか、その理由を知れたらと思っただけなのだが、もし解らないのだとしたら、引き留めて悪かったね」
少女は男のことがどうしても気になって仕方がなかった。
確かに昨夜は人生で初めての恐怖体験をした。 そして自分を助けてくれて男はギャングたちに残酷な仕打ちをした。 しかし、何よりも男の強さが一晩中、頭から離れずにいたのだ。
本当に人かと疑うような圧倒的強さ。
女だから、小柄だから、そんな非力さを感じた最中に見た強さに、少女は憧れを抱いていた。
「…あの、刑事さん」
「ん?」
「あの青い髪の人のことを……教えてもらえませんか?」
刑事は少女の質問に苦笑した。
「バカを言いなさい。警察の捜査のことだ。一般人に話せるわけなかろう」
少女は少しがっかりした表情で、すみませんと謝った。
「なぜ、奴が気になるんだぃ?」
そんな少女の表情に気づいた刑事は質問をした。
「…いえ、何でもないです」
——きっと理解してもらえない
刑事は沈む少女を見て、何を悟ったのか、一言…
「君は運がいいよ」
「…?」
「解らないか?だってそうだろ?あいつが、あの青髪の男が通りかかって助けてくれた。ストリートギャングに襲われて無事だったんだ。野郎には感謝もんだ」
刑事のその言葉に、少女は思わず笑みをこぼした。
「さ、もう行きなさい。お母さんは外の廊下で待ってる」
「はい。お役に立てなくて、ごめんなさい」
少女は刑事に頭を下げ、部屋を出ていった。
中学を卒業後、少女は強さを得るために武術を学ぶこととなるのだった。
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