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第1話 七瑆勲章
剣が廃れ、戦争の主力が魔法に置き換わってから十年が経った。
かつては特別な力を持つごく一部の者にしか扱うことのできなかった魔法も、国内宗教最大派閥のメーヴェ教会が提供する特別な宝石を身につければ素質のない者でも簡単に力を得ることができるようになった。それはメーヴェが奉る、かつて邪悪な魔女を屠った聖女マリナの加護を宿した特別な宝石だとか。
胡散臭い話に最初は誰ひとりとして見向きもしなかったが、十年前のある事件をきっかけに、帝国の剣であった白櫻騎士団はその牙を手折られ、彼らに変わる新しい兵力として魔法が採用された。聖女に信仰を寄せるだけだったメーヴェは、今では帝国を治めるミオ聖下の右腕として有能な魔法士を大勢抱えて戦争に赴き、挙げ句の果てには政にまで幅を利かすようになってしまった。火事場泥棒で自分たちの立場を奪われた騎士団と泥棒猫同然であるメーヴェの仲は最悪だ。
弱体化し国中から存在自体を疑問視されはじめている白櫻騎士団の仕事と言えば、かつての華々しい戦歴からは考えられないほど質素だ。
早朝から昼まで訓練をして、午後は日暮れに合わせて城下町の見回り、夜には交代で城壁の警護のために寝ずの番をする。季節が変わるタイミングで国境に赴き防壁の点検をすることが唯一の息抜きと言っても良い。国民からは「大食らいの木偶の坊集団」と嗤われている。これが、かつて隣国から『戦場の蹄鉄』と恐れられた白櫻騎士団の現状だ。
十二師団あった隊はほぼ解体され、今残っているのはたった三師団。何かと風当たりの強い騎士団より、戦場の華である魔法士に志願する者が圧倒的に多いのだから仕方ない。しかも騎士団の長が座るべき椅子は十年前から空席のまま。聖下がお許しにならない限り、あの椅子には誰も座ることができない。十年の月日が流れても、例の事件が灯した聖下の怒りは今も燃え続けている。私と、同じだ。
「南部の防衛戦への介入、ですか……」
白櫻騎士団の現状トップを務めるロイ・ブラント第一師団長に執務室に呼び出されて伝えられたのは、国軍執行部からの通達だった。
四方が隣国に接するレト帝国では戦争が絶えない。騎士団の没落を聞きつけ戦を吹っかけてくる連中も増えたが、メーヴェの魔法士たちが最前線で掃討に当たっている。そこは酷く一方的な戦場だと聞いた。
「シン国とは終戦間近って聞いたのに、なんで俺たちが呼び出される必要があるんだ?」
私の隣で一緒に話を聞いていた第三師団長のテン・リー・クーパーがしかめっ面を隠しもせず尋ねる。レトでは珍しい漆黒の髪は、友好国から嫁がれた母君の血が色濃く出ていた。異国の血が混ざった精巧な顔を歪ませ不快感を露わにするテンに、ロイさんは机に通達書を広げて困ったように微笑む。
「僕も執行部に聞いてみたんだが、作戦の詳細は現地の魔法士部隊に確認しろの一点張りでね」
「何だそれ、きな臭すぎる」
「だよねぇ……」
今の今まで帝国の隅に追いやり些末な雑務ばかりを押しつけてきたくせに、終戦間近の戦いに合流せよとは、いかにも怪しい。そしておそらく現地ではメーヴェの指揮下に置かれるだろう。ろくなことにならないと容易く想像できる。
そんな私たちの暗鬱な空気を悟ったのか、ロイさんが「大丈夫!」と不釣り合いなくらい明るい声を上げた。
「幸い一個師団が向かえば事足りるようだし、この作戦は第一師団に任せてもらおう」
「っ、はぁ!?ウチの主力がわざわざ動くような仕事かよ!」
「今の騎士団で、実戦経験があるのは第一師団だけだ。第二師団と第三師団には、僕らの留守を預かってほしい。これも大事な仕事だよ」
「過保護すぎ!いつまで俺らはあんたにおんぶにだっこされてなきゃいけないんだ!」
「僕も昔と比べれば丸くなったってことさ。さて、第二師団長殿はどうかな?」
どうかな、と柔和に聞かれても、既にこれは彼の中で決定事項なのだ。ここで私が駄々を捏ねたとしても、この人は荷物をまとめて翌日には出立してしまう。
「……第二師団は、第一師団長に従います」
「あはは、相変わらずかったいなぁ。でも、うん。いい子いい子」
師団長の椅子から立ち上がったロイさんが大きな手を広げて私の頭を撫で回す。これがロイさんでなかったらセクハラで然るべき手段に乗っ取り丁重に伸していた。
「また子供扱いですか……」
「春の成人の儀までは許しておくれよ。ルーカス団長に君を任されてからずっと、本当の妹のように思ってきたのだから」
父の名を聞くたびに、胸の一番奥の行き止まりの部分が針で刺されたようにツンと痛む。その傷は膿んでしまっていて治ることはない。
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