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売国奴のルーカス・グリツェラ。帝国の社会史の教科書にも載っている稀代の大悪党。海を挟んだ魔女の大国、トリス・ガリテに帝国を売り渡そうとした反逆罪で、共謀したスパイの魔女と共に十年前に処刑された、私の父。
かつての父は帝国の剣である白櫻騎士団の長として人望の厚い人物で、だからこそミオ聖下は酷く憤怒した。信頼していた右腕に裏切られた聖下の怒りはどうにも収まりがつかなかったのだろう。父は覚えのない罪状に最後まで身の潔白を訴えていたが、疑惑が出てから首が落ちるまでわずか三日の出来事だった。
父と聖下は年齢も近く、帝国に降りかかる災厄や戦を何度も共に乗り越えた、云わば親友のような関係だった。聖下の一人息子と私の婚約が決まっていたほどだ。
父は聖下のために剣を振るい、聖下は父の言葉を信じて国を動かす。身分は違えど一番大切な部分で二人は『対等』だったのだ。それが、決定的な仲違いをしたまま永遠に戻らない関係になってしまった。
事件があってから騎士団の信頼はみるみるうちに失墜し、戦場や議会からも爪弾きにされた。しかし年がら年中戦をしている国でせっかく研いだ牙をみすみす廃棄することも惜しまれて、規模を縮小して何となくお飾りで存在しているだけの、端から見れば情けない集団に成り下がった。そんな醜態を甘受することでしか、騎士団が存続していく術がなかった。
そして没落する私たちを嘲笑い、空いたポジションに体よく収まったのがメーヴェ教会だ。彼らは宗教徒のくせにやけに戦争に協力的で、件の宝石を用いた魔法士部隊を戦場へ次々と送り込み、数多くの武勲を上げた。剣に替わる新しい力は特別な宝石を使えば誰でも簡単に手にすることができると瞬く間に国中に広がった。まるで全てが最初から用意されていたシナリオのように。
「ふふ、なあに、心配はいらないさ。どんな戦場でも僕らの『蹄鉄』で地ならしして支配してみせよう。お土産は敵将の生首でいいかな?」
「土産のセンス皆無かよ」
「え……!?ルーカス団長は一番喜んでくれたよ!?」
「あんたらみたいな戦闘狂と今の若い奴を一緒にすんな。な、アイシャ?」
「そうですね、首はとっても魅力的なんですが」
「まじか」
「それよりも、もっと欲しい物があります」
「へぇ……珍しいね。いいよ、言ってごらん」
「七瑆勲章」
その一言で、執務室に緊張の糸がピンと張り巡らされる。ロイさんの鮮やかな金髪が窓から差し込む午後の光を浴びて神々しく輝き、意味深に細められた蒼穹を映した瞳にじっとりと見つめられて息が詰まった。重苦しい空気にテンがたまらずため息を零す。
「お前って、無欲に見せかけて実は誰よりも強欲だよな……」
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