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越前梅宇は不愉快だった。
その眉間には深く皺が刻まれ、大柄な体から伸びるゴツゴツした右手指で摘む小さなスポイトはぷるぷると揺れ、そしてそれは容赦なく文鳥の雛の口に突っ込まれた。
「キュウ」
少量をその喉奥に流し込んで引き抜き、梅宇の左掌をふしふしと踏んで姿勢を正す小さな生き物をケージに戻す。
「……何で俺が」
もう何回目だかよくわからなくなった無意識の呟きがこぼれた。
眉間に更に皺を寄せつつ、梅宇は都合8羽の文鳥に次々と給餌し、ケージに戻す。そして自業自得だと思い直し、我ながら手慣れてるなと思い至り、ますます嫌な気分に陥っていた。
梅宇がこの事態に巻き込まれたのは1時間ほど前だった。友人と知人の境目にいる仲井久慈から電話がかかってきたのだ。午後2時という通常社会人であれば労働に勤しんでいる時間、梅宇は自宅の気に入りのベッドで惰眠を貪っていた。
「つゆちゃんか? 俺だ俺、仲井だ」
『ばいう』という奇妙な読みはよく梅雨と間違われ、梅宇に届く郵便物の半分以上は梅雨宛となっている。だが梅宇をつゆちゃんと呼ぶのは、ある程度親しい間柄だけだ。
そのやけにオレオレ詐欺じみた電話に梅宇が記憶をかき回すと、そのまま視界がぐらりと揺れた。昨日の酒がまだわずかにだけ残っていた。どうせ起きればそれは揮発油のように消え失せてしまうものだが、その名前と声を意識が繋げるまで5秒ほどを要した。
「仲井、仲井……あぁ」
「店を頼みたいんだ! 1週間ほどだ。店を開ける必要はない。お願いだ!」
「なんで俺が……」
「こういう時のために毎月金払ってるんだろう? なぁ、頼むよ」
「……内容と金次第だ」
そんなわけで今日から梅宇はペットショップの雇われオーナーになった。
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