ひとひらの雪

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ひとひらの雪

「あー、さみィわ」  イオタが愚痴って入ってきた。  外はどんより空模様。  雪舞う中を、イオタは施設から帰ってきた。  窓口横のカウンタに陳列していた商品のチェックをしてきたのだ。  施設と工房は道一本はさんでいるため、行き来にはどうしたって外を歩くことになる。  それがしんどい。  寒いと。  冬だと。 「お疲れ様だね」  マーレが声をかけてくれ、他に何人も居た実習生もお疲れ様の声をくれた。  工房の中は温かい。  ヒータとエアコンで室内を快適に保っている。  イオタは上着を脱ぐと、ヒータにつかのま手をかざしあっためて作業にもどった。  仕事は進み、時間も進み、やがて正午となった。 「はーい、みんなお疲れ様。お昼ごはんどーぞ。休んで休んで」  スタッフのリュカがぱんぱん手を打つ。  工房の仕事していた空気が一気にゆるむ。  道具を片付けた仕事机がそれぞれの食卓だ。  みんなは、賄い食なり手弁当なりコンビニメシなりを広げる。  イオタとマーレは、栄養補助のショートブレッドとビタミンゼリーだけを口にした。 「んー、さくさく埃っぽい。ゼリーも食感に救われてるなァ」 「イオタ、私にはおいしいんだよ。ヒトと同じもの食べるのに、そう云うこと言わないの」 「へい」  聞いていたみんながくすくす笑う。  イオタはちょっとバツの悪い思いで肩をすくめた。 「ね、みんなー、今日、ルマさんのお菓子まだあるのよ。食べたいヒトー?」 「え、ルマさん来たんスか?」 「昨日ね。そうかイオタは夕方シフトなかったもんね」  食べ物、とりわけお菓子なぞ必要ないカロリーおっかないけど、アルマの作ったお菓子なら別物すぎる。  イオタはお菓子を受け取りがてらリュカからアルマの安否を訊いて、元気なんスね、と、安心の息をした。  実習生同士の連絡先の交換は、厄介ごとを避けるため禁じられている。  アルマはイオタ達と同じように、この施設で職業訓練を受けていた仲間のひとりだ。  イオタの先輩にあたる。  重度の拒食症患者だ。  イオタやマーレは軽度の拒食症患者だ。  他のみんなだって、何かしらの疾患を持ちつつも社会復帰をめざす頑張り屋さん達だ。  アルマの笑顔とお菓子は絶品だ。  明日の命も危ないような細い体なのに、案外体力のいるお菓子作りが好きで、自分ではわずかしか食べずとも、みんなのおいしいの笑顔が見たくて楽しいから好きだと云う。  その笑顔。  細ってゆく命の影があろうとも、見る者の心を軽くしてくれた。  そんな彼女が工房に来られなくなってどのくらいだろう?
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