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よつひらの雪
リュカがこわばった表情で電話口に居る。
やりとりの声が張りつめていた。
マーレや、みんな、仕事の手を止めリュカの様子に集中していた。
「はい、わかりました。ええ、伝えていいのなら」
スマホの通話を切って、リュカが、それから安全確保のために数名のスタッフが来て、みんな落ち着いて聞いて、と、背すじのばした。
「アルマさんが、ついさっき、旅立ちました。最後まで、またここでみんなと仕事がしたい、と、望んでいたそうです」
心配された混乱はなかった。
みんな、叫びもせず暴れるもせず、ただ、そっか、と、笑うような顔で息をつき、ハンカチや服の袖を目もとにあてた。
「また食べたかったな、ルマさんのお菓子」
「私も。みんなおいしかった」
「ルマさん、苦しくなかったかな」
「おなかすいてたろうにね」
「そうだね、ずっとね」
それでも震える声とこぼれる涙。
仕事の手をもどそうにもどうにも。
リュカが見かね黙とうをささげることを提案し、みんなうなずいた。
胸の前で合掌。
「黙とう」
目をとじた。
それぞれの頭の中記憶の中、アルマの笑顔が花と漂う。
工房の空気は薄荷の香りをまいたかのように揮発し澄んでいった。
五分後。
落ち着いた空気に包まれ、思いで話に花咲かせ仕事は再開される。
でも、やはり、そんなふうに静かにできない者も居た。
「イオタ?」
「ごめん、ちょっと、外もっかい行ってくる」
「スタッフさん付けようか?」
マーレが肩に置いてくれた手をポンポンとたたき、大丈夫、それだけ言って、イオタはひとり工房を出た。
一応、スタッフのひとりがこっそり付いてくるのも気づいていた。
外。
ちょっとあったかい風が頬をなでる。
イオタは広すぎる空の下、しゃがみこんで両足のあいだに顔を伏せた。
ダブルガーゼのハンカチにぎってる。
あのさァ、あいたかったよ。
もっかいで良いからさァ、笑顔見たかったよ。
だってあなたの笑顔は存在は、だいじな仲間だったから。
私が三〇年生きてやっと辿りつけた、私を人間あつかいしてくれる社会の、だいじなピースのひとつだったんだよ?
あなたじゃなきゃだめだったんだよ?
なんでさ、なんでさ、そこまで自分を追いつめたの答えとかいいからここから見える空で良いから雲のはしっこで良いから、食べて!
死んじゃったなら大丈夫だよもう太らないよ魂は永遠で食べなくても死なない、死ななくても食べればおなかいっぱい、満たされるしもう誰もあなたを責めない!
ルマさんの中のルマさんだって、もうあなたの悪口言わないよ、食べても裏切らないそう、きっと行った宇宙で、星雲はふわふわ綿アメみたいだろうよ、きっとおいしいよおもいっきり食べてね太らない魂として!
食べてよ!
魂まで殺しちゃわないで。
「ねェ!!??」
それだけ吠えた。
イオタは。
空をあおぎハンカチ顔にあて、あとからあとから湧いてくる涙ぬぐって、アルマの魂の平穏を祈った。
そっと近寄ったスタッフに付き添われ、工房に戻れたイオタをみんななぐさめてくれた。
イオタは泣いたまま、ごめんねありがとね、と、それだけ言って、早引けすると珈琲飲んで、母の手製、炭水化物抜きの安心ごはん食べて布団にもぐった。
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