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おちょくられてるようにしか聞こえないんだが。一体何がしたいんだ。話が見えてこない。
『はじめから言ってるじゃないですか。あなたには私の代わりをやってもらいます。"私"代行です。捨てた命なんですから、拾われても文句はありませんよね。悪いようにはしません。ここで生きてみてください』
「それこそ勝手なことを言うなよ。これ以上生きていたって、なんの意味もない。俺は――」
その先の言葉を出そうとして、口を噤んだ。
今までの人生のあらましを、顔もわからない――あ、顔はわかるか。今の俺の顔だしな。――相手にいちいち話すというのか。
興味本位で、なんの救いもない同情心を煽るために口に出すのか。そういうのが嫌だったから、耐えられなかったから、生きることをやめたというのに。
『そういうのいいですから。別に同情とかしませんよ。同情するほどあなたとは親しい春を過ごしてませんので』
なんて冷たい魔女なんだ……。
『あなたの性格形成の根本的な問題は自己肯定感の低さとそれに付随する承認欲求の高さです。なので、"私"になればそういうのを解消してみせましょう』
「は?」
『言ったじゃないですか、悪いようにはしないって。何を隠そう、私こそ人助けの魔女マリア様です。感謝されることに右に出るものはいません。あなたは、人に感謝されることに慣れていない。だからそこ、ここで心のリハビリをしてください』
リハビリだと? 人助けの魔女って言っていたか。てことは、こいつは町の便利屋みたいな、困った人を助けて回ってるってなのか。
『だいたいそうですね。おおよそそれで間違いありません。あなたは今日から、私に成り代わって人助けをしてください。この家もあなたのものです。衣食住すべて揃った職場なんてそうそうありません。マニュアルはすべて用意しています。教育制度も完備とか落ち度がどこにあるのか探す方が難しいってもんです!』
だいぶ鼻息荒い口調になってきた。けど、すでに死んだ命なら、こんなセカンドライフがあってもいいのだろうか。
『難しく考えすぎですよ。命を断てる決断だけじゃなく、行動に起こせるくらいの意志の強さはあるんです。騙されたと思って、ここは一つ、思いっきりの良さをみせましょう!』
「ちょっとまて。お前の代わりに人助けって、具体的にはどんなことをするんだ? お前は魔女だったかもしれないが、俺は普通の落ちこぼれの人間だ、った」
『歯切れが悪いですね。大丈夫ですよ。マニュアルに沿ってれば何事も問題ありませんよ』
そうこうして、俺の魔女マリア生活が始まった。
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