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――死にゆく意識の中でそう言われたのはおよそ三ヶ月前。いや、こちらの時間軸では二ヶ月強――一日が三十時間と謎の尺度のせいか、体内時計の調整に戸惑った。
二ヶ月前に話を戻すと、――。
死ぬために睡眠薬とストロング系のお酒でオーバードーズで帰れないトリップをかまそうとしたのに、目が覚めたら見知らぬ場所だった。
状況を確認しようと周りを見渡しても、見知っているものが一つもない。唯一認識できたのは、そこが誰かの家で、鏡に写る姿は見覚えのない女がいた。
「へぇえ? うわぁあ!?」
思わず声を出す。誰の声だこれは。けど、それよりも、鏡に写る顔のほうが問題だ。
「お、おんな!? ……鼻高っ、目青っ、髪の色もなんだこ……胸でか!」
思ったことが全部口から出てしまった。顔を触ると、肌のきめ細かさがわかる。銀色の髪の質感は絹のようになめらかで、わずかに指先の冷たさを感じた。
『ちょっと、人の体をベタベタと触らないでくださる』
「わぁあああ!?」
『いちいちうるさいですね。人の声で喚かないでくださいよ。違和感が半端ないの』
口から出る声と、同じ声がどこからか聞こえる。録音した自分の声を聞くと違って聞こえることはあるが、これは同じ声だとはっきりわかる。
『テンパってますね。へへへ。作戦通りです』
「作戦……だと? 誰だお前は」
『誰って、その体の元主です。さっき夢で話をしたじゃないですか。あなたには私になってもらうって』
どういうことだ。さっきのは……夢、だろ?
『夢ですよ。そしてここは現実です』
「そんなわけあるか! 俺は男だぞ!」
『ええ、知ってますよ。名前は確か……ナカムラ? こちらの世界では聞かない名前ですが、あなたの世界では普通の名前なのでしょうね』
「なんで俺の名前を……」
『調べましたから。だって私、優秀な魔女なので。優秀すぎて疲れちゃったんですけどね』
「はぁ? 言ってる意味がわからない」
魔女だと? ならここは中世のヨーロッパ? なら火炙りになるのか?
『そちらではそういう風習があるんでしたね。けど、ここにはそんな物騒なことはありません。安心してください。魔女は国が認めた立派な職業ですから』
「安心ってできるわけないだろう。死のうとしてたのに、いきなり女? 魔女の体? に勝手にしたってのか!? これは人権的にどうなんだ!?」
『心配するところ、そこなんですね。なんとも人間くさい人だ。もっと混乱すると思いましたが、割とチョロ……スムーズそうです』
「チョロいって言ったか、なあ、今チョロいっつったか?」
『そしてその冷静さ。やっぱりあなたにしてよかった。あなたなら、この世界ではうまく生きていけそうです』
「おいまて、俺はもう生きたくない。だから自殺しようと……」
『ええ。あちらの世界でのナカムラさんは死にました。助かりません。保証しますよ。致死量バッチリです。さすがです』
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