第1章 体調管理、怠るべからず

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第1章 体調管理、怠るべからず

 私の働くお城にはとても強い王女様がいます。エミュロット王女様はとにかく戦いが好きで、いつも誰かしらに戦いを挑むのです。もちろん私も例外ではありません。 「カレッタ! 勝負しましょ」 「王女様。朝食前ですよ。せめて朝食をとられてからにしてください」 「もう、仕方ないわね! じゃあ朝食後に訓練場に行くわね!」  ため息しか出ません。  朝食が済んだので、訓練上に向かうことにしました。王女様は先に着かれているでしょうか。今日は少し準備に時間がかかってしまいました。   訓練場は私の部屋からは少し遠いところにあります。でも日課みたいになっていますから、これがなかったら私も朝が始まった気がしません。複雑な気分です。 「ふう。戦いが好きなのはいいですけど、1ミリくらいはおとなしく過ごしていただきたいですねー」  そんなことをつぶやきながら廊下を歩いているとそばで声がしました。 「おはようございます、カレッタさん。これから訓練場へ?」  医務室からロディさんが出てくるところでした。 「あ、おはようございます。ロディさん。ええ、まあ」  もしかして、今の聞かれてしまったでしょうか。恥ずかしいですね。ロディさんはあまり気にしていないご様子。けれど、お世話係としては王女様のことをとやかく言うところをあまり聞かれたくはありません。 「王女様、新しい技ができたと言ってはりきっていましたね。無茶をしすぎて怪我をなされないか心配ですよ」 「ロディさんがここに居てくださってるので、王女様も皆さんも安心して訓練ができるのですよ」 「はは。そう言っていただけると恐縮です。カレッタさんこそ毎日すごいですよ。他の兵士たちはついていけない人が多いみたいです。僕なんかは武術に長けているわけではないので、月1回でも精一杯ですけど」 「いえ。私は、お世話係として当然のことをしているだけですから」  そうです。私は王女様のお世話係なのです。いくら王女様が誰彼構わず戦いを挑んで城の壁を壊したり、ピアノのレッスンをさぼったり、新しい技を思い付いては夜中に城を飛び出しそうになったりしたって、そんな王女様のお世話をすることに私は誇りを持っているんです。 「なるほど。これは失礼しました」  軽く笑って頭を下げるロディさん。   ロディさんはとても紳士的な方だと思います。魔法医師としてもとても優秀なのです。ロディさんは気がついていらっしゃるのでしょうか、お城の女性の大半の方はロディさんのことを慕っているようです。きっとこういうさりげない仕草が多くの女性の心を惹き付けているのでしょう。ロディさんは顔をあげたときに眉を寄せました。 「カレッタさん。顔色が良くないようですね。大丈夫ですか?」 「え?」  自分ではあまり気にしないようにしていたのですが。そんなに分かりやすく顔に出ていたのでしょうか。それともロディさんが魔法医師だからでしょうか。どちらにしても心配をおかけするわけにはいきません。私は努めて明るく言いました。 「大丈夫ですよ。それに王女様がお待ちになっていると思います。もう行きますね。ご心配してくださってありがとうございます」  ロディさんに一礼して訓練場に向かって足を進めました。 「あ、カレッタさん」  ロディさんがとても心配そうに呼び掛けているのが聞こえました。私は大丈夫だと自分に言い聞かせながら訓練場に向かいました。  訓練場に着くとすでに訓練用の服を着て王女様が待っていらっしゃいました。私が入るとこちらを向いて目を輝かせる王女様。もう待ちきれないご様子ですね。 「あ、カレッタ! 待ってたわ! 早く技を試したくて少し早めに来ていたんだけど。今日はちょっといつもより遅かったわね」 「すみません。少し準備に手間取っていたもので」 「どうしたの? 珍しいわね。いつもはもっと早いのに」  まさかロディさんと話していて遅くなったとは言えません。調子が出ないからでしょうか。いつもは準備も早く終わるはずで、ロディさんに呼び止められることもないのですが。 「まあいいわ。とりあえず軽くウォーミングアップ……あら、カレッタ?」  すると王女様が私の顔に近づいてこられました。 「あなた顔色が良くないみたいだわ。大丈夫?」  先ほどのロディさんと同じことを聞かれて私は恥ずかしくなって思わず黙ってしまいました。朝の準備の時までは誰も気がつかなかったのですから、きっといわれたように私の顔色が相当悪く見えていたのでしょう。王女様は優しく声をかけてくださいました。 「カレッタ。今日はもうお休みにしましょう」 「え、ですが」  思いがけない言葉に私は戸惑ってしまいました。けれども王女様は続けられました。 「カレッタが元気がない方が嫌だわ。  ね、訓練は他の人に頼めるし、何なら1人でもできるわよ。今日はゆっくり休んで元気になったらまたお願いするわ」  私は大丈夫ですと言い返そうとしました。ただ普段はあまり見せることのない王女様のご表情に、何も言い返せませんでした。 「やはり無茶をされたようですね」 「申し訳ありません……」  結局私は王女様に半ば強引に背負われて医務室に連れてこられ、無理やりベッドに寝かされました。王女様は体力も腕力もすさまじく同じ体格であるはずの私くらいの人でも2人、いえ3人同時に担いでも平気みたいです。私は自分の失態に改めて恥ずかしさに加え一気に情けなくなりました。  王女様は看病したいと言われていたみたいですが、ロディさんが王女様を丁重に自室に戻られるように伝えられました。こんなに弱った姿をロディさんに見せることすらためらわれるのに、王女様にもお見せするわけにはいきません。本当によかったと思います。ロディさんの顔もしばらく見られませんでした。そんな私の気持ちを感じとるかのようにロディさんがニコニコしながらおっしゃいました。 「たまにはゆっくりお休みになるのもいいものですよ」 「……」  ゆっくり休む、か。そういえばここ最近は忙しかったですね。王女様が新しい技を試すために色々と無茶をなさるものだから、私も後ろについてはそのお世話をしていましたものね。少し無理があったかもしれません。しかし自分の体調管理もできないようではお世話係としては失格ですね。それでもこうして休んでいる間も、王女様のことがやはり心配です。 「はあ……」 「あまり考えすぎない方がよろしいですよ」  ロディさんが少し困ったような顔をされました。私としたことが、今日は心配ばかりおかけしていますね。その時ロディさんが思い付いたように手をポンとたたかれました。 「少し待っていてください」  ロディさんは医務室の隣の部屋に入られました。それから1分も経たないうちにすぐ戻ってこられました。 「カレッタさん。これをどうぞ。気分が良くなりますよ」  そういってロディさんがカップを私の前に差し出されました。ほのかに良い香りがします。 「ハーブティーですか?」 「ええ、私が最近採ってきたんです。飲むと落ち着きますよ」  ロディさんはそういって微笑んで私にカップを渡してくださいました。私は一瞬飲むのをためらいました。小さい頃、母が庭で育てていたハーブがよく食卓に出されていたのですが、その味の何と苦かったことでしょう。何度口にしてもあの味に慣れることはありませんでした。 「……」  私はしばらくカップを手に持ったままじーっと固まっていました。 「あの、カレッタさん?」 「はい!」  ロディさんが話しかけるまで何も感じないくらいにまでなっていたようです。ロディさんは困ったような笑顔です。 「あの、もし嫌なら無理に飲まなくても大丈夫ですからね」  は! いけません。ロディさんは私のためにこれを用意してくださったというのに。私としたことが、危うくロディさんの好意を無駄にしてしまうところでした。 「いえ! 大丈夫です! 飲みます! 飲ませてください!」  力一杯いいましたが緊張のあまり声が上ずってしまいました。ロディさんはそれでも心配そうな面持ちでしたが私は意を決してとりあえす一口飲みました。 「あ、これは苦くないです」 「はは、やはり苦手でしたか?」  ロディさんの言葉にきまりが悪くなって思わず下を向いてしまいました。それからロディさんから少し顔をそらしてカップに入ったハーブティーを全て飲み干しました。 「ロディさん、ありがとうございます。私、何だか少し眠くなって……」  急に眠気が襲ってきました。何だか気持ちが落ち着いてきました。今日は穏やかな夢を見られそうです。 「ゆっくりお休みになってくださいね」  眠りに落ちる寸前、ロディさんの声が聞こえてきたような気がしました。
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