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花音は無理に大きく息を吸った。律にはきちんと伝えなければならない。冷たい空気が肺を満たし、少しだけ感情の揺れ幅を抑えられた。
「大っ嫌いだけど。本当に大っ嫌いだけど! ……これが、あいつが一生かかってあたしに見せたかったものだって言うんなら、仕方ない。もらってやるかな」
隣で、律がハッとした気配がした。
「……ごめんね。ちゃんと言わなくて。でも、全然悲しいとかないから気にしないで。あいつさ、離婚した後もあっちこっちふらふらして、最後はさ、アメリカで事故に遭ったんだって。だから、四年三組の最後の星って言葉は、手紙じゃなくて、遺言書に書いてあったの」
――私の娘、天宮花音には、「六星花学園、四年三組の最後の星」を譲る。
何で稼いだのかは知らないが、いつの間にか資産家となっていた父親は、私立の高等学校を創立し、運営を人に任せて、それからも好き放題していたらしい。
「……遺言、書……」
「……うん。それが何かすごい宝石とか、権利書とかだったら、即放棄してやろうと思ったんだけど」
夢ばっかり追いかけていた彼らしい、全然現実的ではない遺産。形はなく、ただそれゆえに美しく心の中で灯り続けるであろう、学園での記憶。
だけど、だからこそ受け取れる。
「許すわけじゃない。父親だなんて認めない。だけど……あたしのことを思った一瞬があったことだけ、信じてあげる」
これが、最大限の妥協だ。亡くなったからといって、長年抱いていた確執を全て流せるわけではない。生きていたときのことは、生きているうちにしか許せないのだ、きっと。
けれど、本人はもういない。その代わりに、黙って聞いてくれる人がここにいる。
苦しさに負けて投げ出しそうになった背中を押してくれた人がいる。
どんな答えでも、律は待ってくれると言ったから。
少しだけ、こんな風に思ってきた自分も許せる気がする。
花音は、律と正面から向き合った。目が赤くなって情けない顔になっていてもかまわない。最大限の感謝を笑顔にのせる。
「――律、ありがとう」
「――……」
「律がいなかったら、あたし、何もできなかった。律に会えたから、後悔しなくてすんだ。ほんとに、全部律のおかげだよ。あたし、律に会えたのが――、一番、嬉しかった」
最初に会えたのが律でなかったら、どうなっていただろう。
他の生徒や教師に事情を説明しても、わかってもらえたとは思えない。
奇蹟のような偶然をかみしめながら、花音は精一杯の言葉で、律に伝えた。
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