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人と言うのは強欲だから、金になると思えば夢中になって手を出しはいけない場所さえ穢そうとする輩もいる。
不安げな晃成の表情をしばらく見つめていた雪華は、仕方ないなあと呟きながら上体を起こした。
「細」
いつもののんびりした口調とは違う色合いで名前を呼ぶと、するりと背後に人の気配がした。空気がひんやりと揺れる。
「お呼びですか、雪華さま」
どこから現れたのか、コタツに下半身を入れたままの雪華の後ろに男性が立っていた。
真っ白な執事スタイルでニコリともしない硬さはいつも晃成を緊張させた。目には見えないけれど間違いなくブリザードを背中にしょっている
普段は晃成と雪華の二人暮らしなのだが、どんなカラクリなのか必要であればいつでも側の者たちが姿を現す。
「最近うるさい奴らがうろついている。結界を強くしておいてくれ」
「……うるさい奴ら、ですか?」
「ああ、晃成の姿をみつけて追いかけているようだ。さっきテレビのニュースにも流れた」
その言葉に細が胡乱気な表情を晃成に向けた。
お前何してくれてんじゃ、と顔に描いてある。間違いない。
「このわたしを相手にずいぶんと好き勝手してくれる」
普段ののんびりとした雪華とは全く違う表情だった。感情の読めない冷たさで口元を歪めクククと冷酷な笑みを浮かべる。
一瞬で空気が凍りつき、今にも息の根を止められてしまいそうだ。
ああやっぱり人じゃないんだとこんな時に嫌と言うほど実感する。
申し訳なさに顔を下げた晃成の耳に細のひんやりとした声が届いた。
「それよりもそろそろ城に戻られてはいかがですか? さすればあのような卑しいものたちに触れることなく過ごせますが」
虫けらを見るような視線を晃成に投げかけながら細は続ける。
「お遊びもそろそろお止めになっては」
細の小言に雪華はフンと鼻を鳴らす。
「そのうちな。今はこの暮らしが気に入っている。邪魔者は排除すればいいだけのこと」
ですが、と尚も食い下がる細に雪華はしっしというように手を振った。
「とにかく今は結界を強くしてこれ以上入ってこないようにしてくれ。それだけだ」
話は終わったとばかりにコタツに潜り込んだ雪華に、細はあからさまなため息をつくと「御意」と口にした。納得していない表情のまま、晃成を振り返る。
当たり前だが、細を筆頭に雪華のお城の者たちは晃成のことをよく思ってはいない。偉大な雪の王が人間もどきにうつつを抜かすなど信じられないと大騒ぎになった。
だけど王は勝手に城を抜け出すと、晃成との生活を作ることにいそしんだ。もう何年も昔の話だ。
細は人間たちより晃成を排除したいのが見え見えの表情で、懐から瓶を取り出した。
「こちらは先ほどビールを運んだ際に足りないと言われた芋焼酎です。お渡ししましたからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
受け取って、やっぱり荷物が届いたんじゃなくて細にビールを運ばせたんだろ、と雪華をチラリとみる。だけど彼は言うことは言ったからあとは知らんとばかりに目を閉じている。
「本当に仕方のないお方だ」
細は諦めともつかない息を吐くと、来た時と同じようにスっと姿を消した。辺りにはまだ冷たい空気が漂っている。
細がいなくなったあとの部屋に雪華の健やかな寝息が聞こえている。
晃成はタブレットを開くと動画をチェックしながら、雪華に出会った時のことを思い出していた。
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