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愛のパットーネ
零れないように必死に目の縁でこらえていた涙が乾いてきた頃。
甘い香りに鼻孔をくすぐられて顔を上げると、目の前にはクルミやレーズンが入った、大きなスポンジケーキのようなものが置かれていた。そばには生クリームらしきものがおしゃれに盛り付けられている。
「デザート。悲しくなったら甘いものでしょう?」
悲しくなったら甘いもの、という考えは同じなんだな、とぼんやり思いながら尋ねる。
「これは?」
「愛のパットーネ」
「え?」
「パットーネっていう、イタリアのお菓子だよ。生地の原料は、『愛』」
「……愛も、取っちゃったんですか? 私から」
すっと頭の中が冷たくなっていく。まさかポジティブな感情まで取られるなんて思っていなかった。しかもよりによって、『愛』なんて。
家族が私なんかに注いでくれる愛、それすらも取られたら、私にはなにもなくなってしまう。
「返して! ……返して、取らないで」
気が付けばおじいさんに向かって大きな声を出していた。
やめて、取らないで。
これ以上、私を無価値にしないで。
我慢していたのに、涙が一滴こぼれたらもう止まらなかった。涙が机にしみこんで色を変えていく。
手をクロスさせて自分の肩をぎゅっと握る。えーん、という子どもみたいな声が、自分の口から出ているなんて信じられなかった。
制服越しに爪が肩に食い込む。愛を失った私に、痛みが突き刺さる。
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