前菜

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 冷たい影の中に吸い込まれたと思ったのに、気がつけば私はあたたかい部屋の中にいた。  高級感のあるワインレッドの椅子がカウンターに向かって5つ並べられている。カウンターの向こうには、調理器具らしきものがいくつか並んでいて、端のほうにコンロが見えた。おしゃれなバーのような小さなその場所は、オレンジがかったあたたかみのある光に照らされていて、初めて来る場所なのにどこか懐かしさも感じる。不思議な感覚だった。  おじいさんは私をカウンターの端の席に座らせて、私と彼はカウンター越しに向かい合った。何か台のようなものに乗っているのか、私とおじいさんの目線が同じ高さになる。  あっちの世界の人とここまで深く関わったのは初めてで、緊張で体がこわばる。それがわかったのか、大丈夫だよと言いながら彼が差し出してくれたのは慣れ親しんだ甘いココアだった。  一緒にココアを飲みながら、彼は「想いが降りつもる」と言うことについて説明してくれた。    彼が言うには、私たちの上には『想い』が降り積もっているらしい。  例えば、私が誰かのことを想うと、その人の上には私のその感情が形となって降るのだと、彼はあたりまえのように言った。  恋愛感情、憎しみ、怒り、悲しみ、慈しみ、恐怖など、全ての想いはその対象者の上に降り、それは消えることなく肩や頭の上にどんどん降り積もっていくのだという。  「その、想い……って、どんな感じなんですか」 「それぞれちがうね。花びらみたいに薄くて軽いピンク色のものもあれば、どす黒くて重いものもあるし、硬いもの、ぷにぷにしたもの、どろどろしたものまで、本当にたくさん」  そう言われたところですぐに信じることなんてできなくて、私は曖昧に頷いた。
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