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「それなら良かった。いいか、理人。兄貴は御山を切り開いてどうにかしようと考えているようだが、俺は反対だ。住処を失くした妖怪共は絶対に人里に降りてくる」
「久我家は代々妖怪を式神としてきましたよね。力技ではいけないと?」
「いつか俺たちは力を失う時がくる。廃業する時が。その時、報復に怯えるのはどうなんだろうな。もっと上手くやれそうなもんだが」
その弓弦様の言葉は自分が当主になったなら——…という危ういニュアンスにも聞こえてしまうけれど、僕は何も言えなくて、ただ弓弦様の後を付いて歩いた。
「どうした? まだひとりで便所にも行けないのか?」
「ち、違います! その……眠れなかったので」
「なんだ、そんなことか」
この日、僕は初めて弓弦様の部屋に泊めて貰った。
久我の一族は後継者以外の親族は離れで暮らす決まりなので、弓弦様も例外ではなく離れというにはあまりに豪奢な別邸に家政婦もつけず住んでいる。僕は胸を高鳴らせて弓弦様の後を追った。
古めかしい本で犇めくその部屋はいつも弓弦様の匂いがする、確か白檀の練り香水だったかな。本やノートが無造作に積まれて整頓もされていないのに、弓弦様は何がどこにあるか把握しているみたい。
僕はソファーに寝る予定だったけれど、ワガママを言って弓弦様のその乱雑な寝室に一緒に寝かせて貰った。初めて出したのだという客用の布団は厚みがない、まるでお煎餅みたいにぺたんこだ。
「お前、その様子だと黙って出てきたな?」
「……はい」
僕が自分の寝屋に帰らなかったと知れたら、航様や父様に叱られてしまうだろうか。
「僕、本当はあちらの屋敷にいるのは嫌なんです。本を読んだりして過ごしたい。来週には御山の修練所に出されるのでしょう? 僕、ヌシを倒せる気がしなくて怖い」
久我に仕える一条家の僕にも、厳しい鍛錬が課せられている。
傷の治りが早いからと久我の人たちは僕を囮にすることにしたらしい。こんなことなら蔵に閉じ込められていた方がマシだった。
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