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「俺が助けてやろうか? 御山なら天狗が棲んでいるだろう、天狗に頼んでやるよ」
「いえ、それだと僕の修練にならないので……」
弓弦様はいつも首筋まで流れる髪を少しだけ掬って縛ってみたり、髪を染めていたり、硬派な久我家のイメージと逆行した装いをしている。染めた髪の毛が今は伸びて黒いところが見えてしまっていた。僕はじっとそんな弓弦様の髪の毛を眺めながら、貸して貰ったシャツに着替えていた。
「お前が着ると小人が着ているみたいだな」
「弓弦様が大きいんですよ!」
僕は口をへの字にしてムッとする。でも、僕は世界一好きな場所で眠れるとあって、すぐに上機嫌になった。だってここは夢にまで視た弓弦様の部屋だ。
貸して貰ったシャツからも毛布からも弓弦様の匂いがして、だんだん眠れるか心配になって来ちゃったくらい浮かれていた。
「えへへ」
ああ、どうか神様がいるなら今日くらいは良い夢が見られますように。
「ちゃんと起こしてやるから、今日はもう寝な」
「はい」
子守唄のように響く、弓弦様の走らせるペンが紙を引っ掻く音——…それを耳にしながら僕は微睡んでいた。夢の中、僕はうんと幼かった。弓弦様に絵本を読み聞かせて貰いながら眠った昔日を思い出す。
僕は弓弦様のことをお慕いしています。
言えないけれど、僕は弓弦様に恥じない自分でありたいと思う。
僕はこのとき、紛れもなく幸せだった。
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