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稲成のおあげは三角形で、おっきくて分厚い。
甘く煮られているおあげは上品な味付けのうどん出汁と良く合う。いつも弓弦様はそこに牛煮をトッピングしていて、僕は温泉卵なんかを付けたりする。
店の入り口にある券売機でチケットを買うスタイルの昔ながらの店構えはカウンター席がメインで狭いけれど、忙しいこの街の人々には有難いらしい。手早く用意される食事と客の回転の速さがマッチしている。
「お前は昔からうどんが好きだな」
「はい、弓弦様が良く鍋焼きうどんを作ってくれていたからかも知れません」
僕は何の考えもなしにこんな台詞を呟いた。
「久我探偵事務所がもっと繁盛したらいいのにな!」
弓弦様の顔がぎくりと強張る。
「おい、理人、それ以上は言うな」
「えっ、どうしてですか? 弓弦様だって人間相手のお客さん、いた方がいいでしょう? 第一、僕がお給金を出して貰えるくらい繁盛して貰わなきゃ困ります」
僕はすっかり忘れていた。
どうしてあの久我の家で必要最低限にしか喋ることを許可されていなかったのか……。
ほどなくして、この時代にしては古めかしい固定電話がプルル、と音を立てた。
「ほらな、お前の言葉には力がある。理人、代わりに出てくれ。きっとお前が呼んだお客さんだ」
「は、はい」
その日、火を付けたようにドカドカと依頼が舞い込んだ。僕の言霊の力がまた派手に作用してしまったらしく、電話がひっきりなしに鳴った。
「はい、久我探偵事務所——…えっ、猫が? はい、明日の夕方ならお話をお聞き出来ますが。はい、はい……」
僕はヘトヘトになりながら電話に出て、アポを取り続けた。
弓弦様は面白そうにその様子を見ている。失踪した猫探し、浮気調査、補聴器発見調査。身辺調査なんてものまである。僕が任されたのはおばあちゃんの買い物の付き添いだ。
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