恋のおまじない

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僕が不慣れなことをしている間、弓弦様は依頼主の壁のペンキを塗り替えていた。 髪の毛をきっちりと結わいてラフな格好をしていてもどことなく弓弦様が目立つのは、やっぱり容姿端麗だからだろう。弓弦様は独特なオーラがある。人を惹き付けて離さない、そんなオーラが。 「ばあちゃん、こいつ何か不手際はなかったか? 新人なもんで悪かったな」 依頼主のおばあちゃんは内藤さん。小さくて華奢で少しだけ足が悪い。弓弦様は壁のペンキ塗りだけでなく、おばあちゃんの夕飯まで拵えてしまったらしい。全く、弓弦様は本当にお人好しなんだから。 僕はおっきい弓弦様と小さなおばあちゃんが並んで歩くのを、後ろからニコニコと眺めていた。 「いえいえ。ありがとうね、理人ちゃん。久しぶりにゆっくりお買い物出来ましたよ」 杖をついて歩く姿すら上品な内藤さんは、週に数回ヘルパーさんを頼んでいるらしい。自分でも買い物がしたいということで、探偵事務所に頼むことを思いついたそうだ。 「ところで、どこで久我探偵事務所のことを?」 「ポストにチラシが投函されていたのよ」 僕が願ったことは、恐ろしいくらいに叶う。 コップ一杯の水を望めば土砂降りが降り。いじめっ子が学校に来ませんようにと望んだ時には相手を入院させてしまった。僕の、不確かな大きな力。 「ごめんなさい弓弦様。とても迷惑をかけてしまいました」 「別にいいさ、誰だって俺の働きぶりを見ていれば心配するよな。お前が口にしたことは、別に間違ってはいない」 「で、でも……」 これはまずいぞ、と僕が自覚し始めたのは頼んでもないきつねうどんが温泉卵のトッピング付きで出前されてきた頃からだった。 稲成さんは「あれ、注文があったような気がしたんだけど……」とまさに狐に抓まれたような顔をしていたし、弓弦様は腕を組んだまま黙り込んでいた。 「なるほど、どうやら口にせずとも言霊の力が発揮されているようだな」
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