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どんどん無口になっていく僕を心配して、弓弦様は適度に仕事を振ってくれた。
「理人。いつか、無人島でも買ってやるよ」
「えっ……? 僕の為に?」
喋れないのはつまらない。
一人悶々と事務所の書類整理をしていた僕に弓弦様が言った言葉はびっくりするものだった。
「別に我慢することねえだろ。無人島なら雷を落としても雨を降らせても誰も困らない」
「そ、そんなこと……」
そんなこと、出来るはずないのに。
そう言いかけて僕は慌てて口を噤んだ。口にしたら本当にそうなってしまう、そんな気がして怖かった。
まず、大前提として僕は弓弦様のことがまだ好きだ。
言霊の力があるのだから好きになって下さいとか交際して下さいと口にすれば叶うのかも知れなかったが、僕は一度もこの恋心を動かしたことがない。
弓弦様に対して力を使ったのはたった一回、弓弦様が勘当されたその日だけ。一緒に行こうと誘ってくれた弓弦様に対して、僕は自分でも信じられない言葉を告げていた。
『どうか、お幸せに。久我のことも僕のことも忘れて、弓弦様が自由に生きられますように』
航様が僕のことを好きな理由を、僕は知っている。僕のことを好きなのだと思う……それは、鳥籠に入れた鳥を愛でる危うさで。
逃げようとすれば嫌われる。飛べぬ鳥なら逃げはしない、鳴くことは出来るだろうから一生飼い慣らそうと航様は必死なのだ。
『理人、お前さえ良ければ一緒に行かないか』
弓弦様の提案はあまりにも唐突で甘くて抗いようもなくて、僕は悲しかった。
僕では弓弦様を幸せに出来ないだろうことや、彼には自分は相応しくないという負い目。何もかもが僕を久我に留めた。
「東京に、僕も……」
行きたいけど、行けない。
少なくともあの時はそうだった。
「行きたくないか?」
不意に、思い出していた。そうだ、僕は小さい頃、弓弦様におまじないを掛けた。
弓弦様が僕のことを好きになりますようにって、だから弓弦様が僕のことをこうして誘ってくれるのも何かの夢で、ほんの一時の気の迷いで……。
思い出すだけで悲しくなる、それはそんな別れだった。
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