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「知ってるか? これ、兄貴には出来ないんだぞ。まだ小学生くらいの頃兄貴の前でやったら、兄貴はムキになって練習していたな」
「もう……それはね、弓弦様が天才すぎたんですよ。航様はいつも比較されて可哀想でしたね」
時々、僕たちはこうして航様がまだ生きているかのように昔話をする。航様は孤独だった。久我家の跡取りであろうとすればするほど、平凡な彼には苦しかったことだろう。
「これは秘密にしていたことだが、兄貴は俺の思考が読めたらしい」
「えっ、そうなんですか?」
「俺にも兄貴の心が読めたら良かったのにな。大人になってからは意見が合わなくて怒らせてばかりだった」
弓弦様はきっと知らない、持たざる者の苦悩を。
せめて得られるものを得ようと手を伸ばした先に僕がいただけで、僕の存在がなくとも二人の関係は簡単に壊れてしまう……そういう双子だった。
あまりにも不確かな時間や気持ちの流れ、それでも僕らの五感には色々な歴史が刻まれている。
さして気にも留めなかったことが、後から思い返してみればかけがえのないことが、こういうとき不意に瞬間に甦ってくる。
僕が小さい頃、弓弦様と航様は二人揃って僕のところに遊びに来てくれた気がする。二人とも同じ顔だけど全然違う性格で、一緒に暮らしていない二人はそれでも僕の前では仲良く振舞っていた。航様は僕に勉強を教えたがり、弓弦様は良く僕を外に連れ出した。
「僕、あの時本当は弓弦様に付いて行きたかったんです」
ようやく本音が言えて、僕はホッとしていた。ずっと言いたかった言葉だった。僕の言葉に本当に力があるなら、今の弓弦様に好きだと告げて一緒にいて貰うのが力の使い道なんじゃないか……とそんな邪な気持ちも沸いたけれど、僕には出来ない。
「またお会いできて良かった。僕、本当は貴方のこと……」
小さい頃から本音を避けてきてしまったことは、僕の中に大きなしこりを残していった。
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