変異

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夢ではない。 しかも、弓弦様の口ぶりでは僕が追い払ったのだという。 「ぼ、僕……、航様にきっと恨まれている。だから僕のところに来た……そうでしょう?」 「違う、逆だ。兄貴はお前に会いに来たんだ」 「ど、どうして……?」 弓弦様は僕を落ち着かせようとソファーに一緒に座り、背中を撫でてくれた。 小さい頃にしてくれた仕草のままだ。懐かしさと同時に切なさがこみ上げる。ここは弓弦様の家なのだろう。綺麗な家だった。 何もかもが整頓されて片付いているのに、その一角にある古びた本たちだけが無造作に積まれている。そのちぐはぐさが記憶に中ある久我にあった弓弦様の離れと、ぴたりと符合した。 「兄貴にとってはお前だけが味方だった」 「で、でも、僕が航様を化け物にしてしまったんじゃないですか……? 僕は、呪った。航様がいなければ……と」 弓弦様は何も言わず、暫く考え込んでいるようだった。そして、慎重に口にする。 「因果応報だ。お前が力を駆使して兄貴がそうなったのだとしても、それは兄貴の撒いた種だ。お前は悪じゃない」 「で、でも……!」 「やられたのにただ我慢しなきゃいけないなんて、つまらない。理人、俺は久我でされてきたことを知ってる。お前が一族を根絶やしにしたとしても、俺はお前を責めない。お前は怒っていいんだよ」 昔、僕が苛められていじめっ子たちを病院送りにしてしまった時、弓弦様だけが褒めてくれた。 「よくやった! それでこそ男だぞ」 ——弓弦様がそう言って僕を抱き上げた時、航様はものすごく怒っていた。いい加減なことを言うなと。でも、僕はきっとそう言う弓弦様の豪胆さに救われていたと思う。 今も、昔も。 「お前、カボチャの煮たやつ好きだったよな。炊き込みご飯にして、筍でお吸い物にしよう。マグロもあるぞ」 弓弦様の声が弾む、わざと明るくしてくれているのが分かって、僕も笑った。 「ふふ、全部僕の好物ですね」
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