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「だろ? 今はいっぱい食べて寝ることだな。なあ、理人。兄貴のことはもう忘れろ。お前はただ新天地で新しい人生を送ればいい……久我から出て行った、昔の俺みたいに」
弓弦様は器用に野菜を切り刻みながら、少しだけ自分のことを話してくれた。航様のことも。僕は弓弦様に教わって不器用に人参を切りながら、彼の話を聞く。
「若い頃は俺もがむしゃらだった。久我に新しい時代を作ろうとガツガツしていたけど、小さなお前がやって来てやめた。なんだか、馬鹿馬鹿しくなってしまって」
「弓弦様もご当主の座が欲しかった時期が……?」
この、弓弦様の眩しいほどの健全さ。
確かに彼の性質は妖退治を稼業とする久我には合わなかったのだろうと思う。久我の家は政府の縁の下に潜り込みながら、虎視眈々と今の時代にそぐわない研究ばかり行っていた。
「ああ。兄貴と仲たがいしたのは試練の間で俺が妖に食われそうになった兄貴を助けて、俺が試練の妖魔を倒しちまったからだよ。そこから親父殿が一子相伝は古いかも、なんて言い出して久我は荒れた。お前が中学生くらいの時、さらに問題が起きてな」
「……問題?」
「親父殿の不貞が発覚した。俺たちと同い年の子どもがいることが分かったんだ、俺たちからすれば異母兄弟だ。いわば妾の子なのに、親父殿はそっちを跡継ぎにしたかったらしい。呼び戻そうと必死だったみたいだぞ」
お吸い物に入れる為のさやえんどうをざるに入れて渡されたので、僕は床に座り込んで一心不乱に筋取りを始めた。
何をそんな面倒な作業を、と傍から見れば思うようなことでも、今の僕には新鮮で楽しかった。
「時期当主であることが全てだった兄貴からすれば、誰もが敵に見えたことだろう。兄貴には、お前だけが支えだった」
今度はこんにゃくを適当な大きさに切りながら、僕は必死に戦っていた。
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