変異

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「お前に手紙を書いただろ。まったく返事がこないから、お前なりに折り合いをつけたいんだと思っていたんだ。お前だっていつまでも子どもじゃないことくらい分かってたけど、俺はお前の前では立派な大人でいられたし、ある意味、俺の方がお前に必死だったんだよな。酒を飲んで眠ると、久我で幸せそうにしているお前の夢を視た」 「それは想像上の僕ですよね。返事を出せなかったのは、送って下さった手紙が全て処分されていたからですよ」 「ああ、分かってる。お前が読んでいないんじゃないかということも……考えたさ。自分がどうしたいか分からなかった。お前に来て欲しかったんだって気付いたのは、お前と再会してからだよ」 同じ悲しみを抱いて、僕たちは並んで座っている。台所に立ち、他愛のない料理を作りながら。 大人は泣かないのではなくて、泣けないのだ——…弓弦様は泣くよりも辛そうな顔をして僕を見る。 「お前が来てからは突然、目の前が明るくなった」 僕はしまい込まれていた手紙の文面を思い出していた。弓弦様の見てくれにそぐわない美しい文字と文章。僕の健康を祈るメッセージ。優しい言葉。生き返るような気持ちになれた。 「ねえ、弓弦様。こうは考えられないですか? 弓弦様が願ったから、僕が家を出る勇気が沸いたんだって」 「ああ、そうかもな。お前の姿を見たらホッとした。俺が思っているよりも状況が最悪じゃないのかも知れない。兄貴から恨まれることは慣れっこだけど、お前に恨まれていると思うと辛かった」 こんなにも弱い弓弦様を見たのは初めてのことで、僕はビックリしている。長い年月が二人の間に横たわり、テレパシーのように繋がってしまう。 もっとシンプルだったらいいのに。 僕は弓弦様のことが好きだから東京まで来た。弓弦様も、僕のことが好きで呼んでくれたんだったら素敵だったのに……。
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