変異

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僕と弓弦様の関係は複雑だ。 時々深い闇の中で細い梯子を上り、一緒に地獄の釜を覗き込んでいる。うっかりするとその地獄に一緒に落ちてしまう。 煮えたぎった不幸の中、すぐ隣にいて誰よりも近い場所にいるのに二人は手を繋がない。二人して、誰も頼らずに一人で歩いて行こうとしてしまう。 「僕は、貴方のことが……」 好きです。 そう言えたら良かったのに、なんだか胸が痞えて言えなかった。今ここで言えたら手を繋げただろうに、僕は何も言えなかった。 「いえ、なんでもありません。ただ……弓弦様、僕と、一緒にいましょう」 あまりにも不確かな時間や気持ちの中で、僕はそれだけやっと言えた。 「お前、大人になったな」 悲しいことに、弓弦様は笑って僕の頭を撫でてくれた。大人じゃなくていいのに、僕も、弓弦様も。 僕は星の数ほどある言葉を全て飲み込んで、吹けば飛ぶような不安定な空気を掻き消すように野菜を切る作業を再開した。 弓弦様の作った料理を食べて、僕はこの日彼の家に泊めて貰った。まるで夢のようだ。かつてのように、僕は弓弦様のテリトリーの中で眠る。 神様、どうか生きていけますように。 僕が東京に来たことで弓弦様も少しだけ変わったのだろうか、そうだったらいいなと思う。眠くて弓弦様が用意した客用の布団に入ってすぐに眠ってしまった。疲れた一日だった分、心地よい眠りが訪れた。
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