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弓弦様が吐息で笑ったのを微かに耳にしながら、僕は浅い眠りに落ちていった。次に起きたときは車のバックブザーが目覚ましで、僕は寝ぼけたまま車を降りる。
稲成のお出汁の匂いがして、お腹がぐう、と鳴った。
「なんだよ腹が減ったのか?」
「そうかも……稲成の匂い、本当にお腹が空くんですよね」
「はは、今日は出前でも取ってやるよ。実は、今日見せたいのは俺の作った妖怪なんだ。妖怪を作り出すのはもちろん禁呪だが、俺には必要なことだった」
「弓弦様が作った妖怪……?」
「ああ、可愛いぞ。見たらお前もきっと気に入る。いや、なんというか……経緯を聞いても怒るなよ? 幻滅されるかも知れないが……」
弓弦様が何かを前置きしてから口にするなんて、珍しいことだった。
「実は、お前の為に作った妖怪なんだ」
「どういうことですか?」
僕のため、という言葉にドキリとした。滅多に言われない言葉だから。
「お前の大事にしてた犬がいただろう。名前を、イチとかいう白い犬。覚えてるよな?」
「はい、勿論です。僕の親友でしたから」
可愛い妖怪ってどんなだろう、そう思っていたところにイチの話をされたことは驚きだった。
僕が小学生の頃、子犬を飼っていた時ことは今思い出してもつんと胸が切なくなる。耳の垂れた愛嬌のある犬だった。レモンカラーの毛並み、あたたかい温度。
その子は元々犬神を作る為に用意された犬だったから、僕は勝手にその犬を誘拐して匿っていた。でも子どもだった僕に隠しきれる筈がない。結局可哀想な目に遭わせてしまった犬のことを思い出して、どうしても辛くなる。
「イチは……人間のことを恨んだでしょうか?」
「そうだとしても、お前のことは愛していたと思う。いつも一緒だったからな。だから、俺はイチを……。いや、実際見て貰うのが先だな」
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