犬神のイチ

2/7
前へ
/156ページ
次へ
弓弦様が吐息で笑ったのを微かに耳にしながら、僕は浅い眠りに落ちていった。次に起きたときは車のバックブザーが目覚ましで、僕は寝ぼけたまま車を降りる。 稲成のお出汁の匂いがして、お腹がぐう、と鳴った。 「なんだよ腹が減ったのか?」 「そうかも……稲成の匂い、本当にお腹が空くんですよね」 「はは、今日は出前でも取ってやるよ。実は、今日見せたいのは俺の作った妖怪なんだ。妖怪を作り出すのはもちろん禁呪だが、俺には必要なことだった」 「弓弦様が作った妖怪……?」 「ああ、可愛いぞ。見たらお前もきっと気に入る。いや、なんというか……経緯を聞いても怒るなよ? 幻滅されるかも知れないが……」 弓弦様が何かを前置きしてから口にするなんて、珍しいことだった。 「実は、お前の為に作った妖怪なんだ」 「どういうことですか?」 僕のため、という言葉にドキリとした。滅多に言われない言葉だから。 「お前の大事にしてた犬がいただろう。名前を、イチとかいう白い犬。覚えてるよな?」 「はい、勿論です。僕の親友でしたから」 可愛い妖怪ってどんなだろう、そう思っていたところにイチの話をされたことは驚きだった。 僕が小学生の頃、子犬を飼っていた時ことは今思い出してもつんと胸が切なくなる。耳の垂れた愛嬌のある犬だった。レモンカラーの毛並み、あたたかい温度。 その子は元々犬神を作る為に用意された犬だったから、僕は勝手にその犬を誘拐して匿っていた。でも子どもだった僕に隠しきれる筈がない。結局可哀想な目に遭わせてしまった犬のことを思い出して、どうしても辛くなる。 「イチは……人間のことを恨んだでしょうか?」 「そうだとしても、お前のことは愛していたと思う。いつも一緒だったからな。だから、俺はイチを……。いや、実際見て貰うのが先だな」
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

925人が本棚に入れています
本棚に追加