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寒い、そう言って手っ取り早く弓弦様に引っ付いてしまえば良かったのだけど……僕はそっと傍に寄るのが限界だった。弓弦様の持つテナントは眠らない。稲成も深夜遅くまでやっているし、二階の金融会社も同じだ。
僕らは眠らない街にいて、奇妙な者たちと仕事をする。
事務所には明かりが付いていた。僕が事務所の扉を開けると、そこに白い毛玉が元気いっぱい飛び込んできた。
「おかえりなさいです~!」
「わぁっ⁈」
犬だ、まごうことなき犬。犬がいた。
きっと玄関で主人の帰宅を待ち侘びていたのだろう、そういう気配を感じる。クスクス笑う弓弦様の声、僕は足元に飛び込んできた犬……のような生き物を、まじまじと見つめた。
「この子がもしかして紹介したいっておっしゃっていた妖怪ですか?」
「弓弦殿っ、お腹が空きましたぁ! ……ハッ!」
飛び付いた先が見知らぬ僕だと言うことに、相手も気が付いたらしい。
「留守番ごくろう、犬神。悪かったな案件を任せきりにして」
「いいのです、人探しは得意ですからね。この自慢の鼻と耳で……それで、今日は何を食べさせてくれるのです?」
「今日はお前の他にももう一人腹ペコがいるんでな。ピザを頼んでおいた、そろそろ届くからお前は大人しくしてろよ」
「……ところでこの童は?」
僕は犬神、と呼ばれたその妖怪を見遣った。
白い毛並みに長い鼻先、可愛らしい垂れた耳。尻尾はフサフサとしている。そんな犬の姿をした生き物が、烏帽子と狩衣に身を包んで二足歩行している……そのことはとても心躍る大事件だった。
僕は心のままに叫んでいた。
「か、可愛いっ!」
「なんですとっ⁈」
犬神は怒っていた。子どものように地団太を踏んで、拗ねている。その様子はどこからどう見ても可愛かった。
「この子は弓弦様の式神なんですか?」
「いや、そういう訳じゃない。こいつは誰とも契約を結んでいないんだ」
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