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僕はある程度のことなら弓弦様から仕込まれている。帽子にマスクに伊達メガネを装備し、イチが見つけだした弓弦様のことを追う。弓弦様は誰かと待ち合わせをしているようだった。
「誰と待ち合わせしているんだろう……? わっ!」
弓弦様が一瞬、こっちを向いた。慌てて僕は看板の裏手にしゃがみ込む。やってきたのは長い黒髪の女の人だった。弓弦様が何をしゃべっているのかはここからじゃ聞こえないけれど、態度から察するに初対面という訳じゃなさそうだ。親しげにも見える。
「も、もうやめましょう理人殿……、こ、こんなの不毛ですっ!」
「でも、二人がどこに行くか見届けないと引き下がれないよ」
僕は自分が変な意地を抱いてしまったことを、すぐさま後悔した。
昼間の歓楽街はそれなりに閑散としている、だからこそ尾行が気付かれやすい。僕は慎重に足を進め、目的地であろう場所まで到達した。
「……ここ、ラブホテル……」
「そ、そんなぁ……」
僕は入ったことがないので分からないけれど、まず部屋を選ぶ仕組みらしい。二人の会話が聞こえてきて、僕は勝手に泣き出しそうになっていた。「どこにする?」「どの部屋だっていいだろ」確かに、弓弦様にだって恋人くらいいるよね。だって素敵な人だもの――…としょんぼりしていると急に弓弦様が振り返ってこちらに歩き出した。
「えっ、ま、マズイですっ!バレちゃいますっ理人殿……!」
イチが僕のズボンをぐいぐい引っ張る。というか、これはもしかして、ずっとバレていたんじゃないだろうか。振り返った弓弦様の顔が豪胆に笑っている。
「理人っ、この悪ガキめ!」
「ひゃあっ⁈」
捕まえられてしまった僕は、叱られる前の子どものように覚悟を決め、じっと弓弦様の目を見つめた。
「どうした、聞きたいことがあって此処までつけてきたんだろう?」
「そうですけど……」
無言で黒髪の女の人を見つめる。
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