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あれ、どこかで見たことがあるような……?
いざ弓弦様本人を目の前にして、お付き合いされているんですか?と仮に聞いたとして、僕はどうするつもりなんだろう。別にそんなの、弓弦様の自由だ。
誰とセックスしていようと弓弦様の勝手なんだから――…そんなことを考えていたらどんどん悲しくなって言って、僕は黙り込んでしまった。
ふっ、と弓弦様が吐息で笑う。
「こいつは俺の式神だぞ。そして俺たちも尾行中、ターゲットは今上の階の部屋にいる」
「し、式神とお付き合いされてるんですか⁈」
「違う、違う」
弓弦様は目尻に皺を寄せて優しく笑っていた。僕がこんなに真剣なのに。
「あのな理人。こいつ、お前も会ったことがある奴だぞ」
「……そうなんですか?」
僕はなんとなく心細くてイチを抱き締めたまま俯いた。腕の中でイチは、ぬいぐるみのようにじっとしている。黒髪の女性がひょうきんに微笑んだ。
「ごめんよ理人ちゃん。私だよ私、稲成だよ!」
「い、稲成って……うどん屋さんの⁈」
まさに狐に抓まれたような気持ちで僕は稲成さんのことを見つめた。
「時々、店を弓弦様や理人ちゃんに手伝って貰っているだろう?だから私も弓弦様のことを手伝っているんだ。変化は得意中の得意だしね」
綺麗な女の人が一瞬にして見知った顔の美形の男の人に戻る、その様子はまさに狐に化かされているという感じだった……僕は拗ねたまま言う。
「どうして僕を誘ってくれなかったんですか?」
と僕がむくれて言うと、稲成さんは朗らかに笑った。
「そりゃあ理人ちゃん、弓弦様は君のことを誘えなかったんだよ。ホテルに誘うことの意味は知っているだろう?」
「えっ、そ、それは……」
「弓弦様に聞いてごらんよ」
「悪かったな理人。その、お前のことを誘うのはなんだか気が引けて……」
「僕は別に、構わなかったんですよ?」
僕の言葉に弓弦様は世界一複雑そうな顔をしていた。
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