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「そういうことだろ、大人の恋は。俺は四十近いおっさんで、お前は成人したてのガキ。俺と恋愛したらキスなんかで終わらないからな……絶対」
弓弦様が何を言いたいのか分からなくて、僕はとっても混乱した。
「……お前、俺のこと嫌いなのだとばかり」
「ど、どうして!」
流石に食べかけのおにぎりを置いて、スッと立ち上がった。
「どうしてそういう風に思ったんですか?」
「俺は久我から出て行ったんだぞ。苦境の中にいるお前を置いて、助けもせず」
「……弓弦様は誘ってくれたじゃないですか。断ったのは僕です」
あの頃、久我の呪いのようなものが僕にはあって、例え外に出ても弓弦様とは一緒にいられない……そう信じ切っていた。
だって、僕は母親に生まれて来なければ良かったと言われるような子どもなのだ。
諦めに近い絶望があの頃、僕の中に漂っていた。毎日切り刻まれて食事に毒を盛られても平気だった。気持ち悪い、母様が呟いた言葉を僕は信じた。僕の存在は確かに気持ち悪い。そもそもまともな恋愛をするにも手遅れだ……という気持ちが加速していた。僕は綺麗な身体じゃない。
弓弦様のことが嫌いだから一緒に行かなかった訳ではなかったが、思っていたよりも弓弦様のことでそのことが負い目になっていたようだった。
「静かな池の水をかき混ぜたら、奥にあるものも出てくるし全部の空気が動く。綺麗なものも、汚いものも見つかる。僕は弓弦様が出て行ったことは、そういうことだったと思っているんです」
良くなったとか悪くなったとかいう問題ではない、ただ動いただけ。
「物事が大きく動くときは、いいことも悪いことも起こりますから」
「そうか、お前は俺のことを恨んでないんだな」
弓弦様は思っていたよりも、僕のことを気にかけてくれていたらしい。
「僕は弓弦様の思っているほど僕は純粋ではありません。僕の望みは一つだけ。たった一つだけです」
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