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僕はきつねうどんを、弓弦様は天ぷらそばを頼んで席に着いた。木目の綺麗なカウンターに座っていると調理している光景が良く見える。
「お前のマンションもこの近くなんだよな? 食べ終わったら送ってやるよ」
「ありがとうございます。実は、一人暮らしなんてしたことがないし、もう不安で……」
不安が増すと分かっているのに、不安を口にしてしまう。それは僕の悪い癖だった。
「それで良くこっちに来るって決心したな」
「……はい。実は、弓弦様が下さった手紙が出て来たんですよ。航様の部屋を整理していたら。航様を探すようにと命じられたので、良い機会だと思いました」
ある日、僕の仕える久我家の跡取りが死んだ。久我航、僕が仕えていた主の名前。航様は突然、火が消えるようにこの世を去り、そのことは大騒ぎになった。
死因は突然街に出ていってトラックに轢かれたこと。あまり屋敷から出ることのなかった久我航の死は不審に満ちていて、その一方できちんとした調査はされず。葬儀は屋敷のある京都市内でひっそりと行われ、久我と一条の者以外は立ち入り禁止にされていた。
帰ろうとする弓弦様を引き止めて、僕は葬儀の後にするにはあまりに物騒なことを口にしていた。
「弓弦様、僕のせいなんです。航様が死んだのは」
「……理人。お前と兄貴との関係は理解しているつもりだ。呪い殺したとでも言うつもりだろう? 言霊の力を使って兄貴を殺したんだって。そのことは、心に仕舞っておけ。間違っても久我の人間には言うなよ」
「で、でも……」
「兄貴は死んだ。ただそれだけだ。なら、お前は自由になったんだよ」
僕と弓弦様は久々に航様の葬儀で会ったけれど、弓弦様はすぐに東京に戻っていってしまった。跡取りを失った久我家の不均衡さには日に日に拍車が掛かり、僕は弓弦様を連れ戻すように命じられた。
僕は美味しいうどんに感動しながらも、薄暗い気持ちが捨て去れなくて言った。
「弓弦様は久我の家を継いだりしないんですよね?」
「ああ、もちろん。元々、俺は兄貴の代用品として育てられた。今更頭を下げたって力になるのも願い下げだ」
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