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除霊
その日、僕は買い物を任されていた。
来客用の珈琲と煎茶、昼間の商店街は活気があって面白い。弓弦様はゆっくりしてきていいと言ってくれた。人数分のみたらし団子を買って事務所に戻ると、どういう訳かイチが何者かに命乞いしていた。
「わ、悪い妖怪ではありませぬ!ど、どうか命だけはお助けを……」
慌ててドアを開けると、そこには見知らぬ客人がいた。
「この珍妙な生き物はなに?」
「ち、珍妙とはなんです!私はこれでも犬神で……か、齧りますよ⁈」
来訪者である美しい青年はしゃがみこみ、イチのことをまじまじと見つめた。イチは何をされるのかと大袈裟なくらいに怖がってダンゴムシのように身体を丸くして、蹲っている。
「確かに、害はなさそうだ」
「この子は僕の式神です。いつもこの事務所のお手伝いをしてくれているんです」
イチが四足歩行でソファーとテーブルの間を駆け抜け、座っている弓弦様の元に向かった。そしてこの人のところにいれば大丈夫、とばかりにその膝の上に飛び乗る。
弓弦様はイチのそんな様子に大爆笑していた。
「俺は別に妖怪退治に来た訳じゃない。久我航について話にきた」
「どうしてその名前を?」
鈴谷湊人、とその人は名乗った。
航様の名前を知っているだけでもただ者ではないというのに、彼がこの道のプロだということは何となく理解出来た。とことん面構えが違う。
彼の眼差しときたら、テレビやウェブの記事で見かけるような胡散臭さはなく、まるで仏道に通じる坊主のような一途さなのだ。
彼の着ている服は喪服だ。美形だけど表情が一切なく、喪服の異様さと相まって人形のような印象を受ける。そんな人が航様の話をし始める、異様な雰囲気だった。
「あれは幽霊の類すらも食い散らかして、果てには人間まで食い始めた。俺はあれを倒したい。それで、色々調べていたら久我の名前に行きついた」
あの化け物は張り裂けた、到底口とは言えない部分を動かして喋る。この人も航様に会ったのだ、そして無事だった。
それなのに倒そうとしている……とても正気とは思えなかった。
「どうして久我はあれを放置しているの?もっと早い段階で祓えたはず」
無表情で鈴谷さんが言った言葉に、ようやく弓弦様が口を開いた。
「……それはあれが久我にとって必要だったからだ。久我からしてみれば貴重な被検体だからな」
「どういうことですか?」
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