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「地獄の方が愉快な化け物が多くて面白いだろ。地獄でも探偵事務所を開こう。儲かりそうだ」
「確かに」
その弓弦の言葉は二人でいこう、と言われている気がした。
地獄でも天国でもいい、弓弦様がいてくれるなら他に何もいらない。でも、弓弦は今隣にいて僕のことをギュッと抱き締めている。それだけが真実だった。
「そういえば、兄貴にさよならを言っていなかったな」
決戦の日、弓弦様はそんなことを呟いた。
「……僕も。急に亡くなってしまいましたから」
結界を作り、その中に航様を引き込む。作戦としては単純明快なものだった。
弓弦様の毒で飢餓状態にさせられた航様は、僕や高城さんを追いかけてやってくる……その時を狙おうというものだ。
「ありがとうな理人。俺はずっと久我の家からも、兄貴からも逃げていた。向き合おうと思えるようになったのは、お前のおかげだ」
「それは僕も一緒ですよ。弓弦様がいなければ、今の僕はいない」
弓弦様と一緒に幸せになりたいなぁと思う。
僕も弓弦様も久我という家の呪縛から解放されて、普通の恋人みたいになれたらいいのに。僕はそんな風に胸を切なくさせながら、同時にこうも思う。航様のことも解き放ってあげたい、それがただこの世から消えるという意味でしかなくとも。
「やるぞ理人」
「……はい!」
まじないを高城さんの家全体にかけた。
僕の育った丹波の背後に聳える大江山には、酒呑童子の伝承が残る。
百姓の子として生まれた酒呑童子は胎内に十六カ月おり、生まれながらに歯を生やし、悪魔とされていた。一条天皇の時代に、人をさらっては喰らう暴れ鬼が大江山に棲んでいた――…もしかしたら、航様はそんな大江山に棲んでいた鬼の血を飲んだんじゃないだろうか。
航様は風に揺れる柳のように黒い影を靡かせながら現れた。
「……いこ、う、りひ、と。りひとはどこだ。おれのかわいいりひと」
何故航様は人を食べるのだろう?
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