ギルバートの話

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ギルバートの話

ポートナム・パレイス国西海岸に位置するルピシエ市は、その昔王都として栄えていた歴史ある古都である。そして首都の座を奪われた現在は、特別行政区として異質となった街だ。 じゃあここからは少し歴史の話。 何故特別行政区となったのか、何故そうせざるをえなかったのか。 説明すると簡単な話で、長きに渡った王政が終わり国全体が民主化へと時代の舵を切り始めた時、王のお膝元で富を築き上げた貴族達が猛反発したのだ。 その後に起こる反乱を、歴史の先生は『女王への忠誠心から貴族達が蜂起した』と美学の様に解説していたが、それがおとぎ話だってことは馬鹿のおれにも分かっている。 実際の貴族らには自分たちの優雅で贅沢な暮らしを守る事しか頭に無く、下々の平民が自身と"同等の権利"を得て富が逃げる事が許せなかったのだ。 もちろんこんな事がまかり通っていいわけがないけれど、でも貴族らが頑なに離さなかったその地位は、十数世紀をかけて築かれたその金と権力とは莫大で、生まれたばかりの新政府にとってあまりにも強力だったのだと思う。自由を掲げ王を廃したこの国は早々に貴族らに負け、有力者達の要望を飲むしか他になかった。 こうして、大多数の市民を自由と平等に導く為、貴族の巣食う街を切り離す決断が下されたのは今から15年程前の話。 首都でなくなった古都には国内最後の身分格差が残る、時代の止まった特別行政区ルピシエ市の完成である。 酷い話だって、誰もが思うだろ? でも、平民身分のおれから言うとそこまで悪い街でもないと思う。例えば税金。桁外れの金を作る貴族様のお陰で、おれらの負担はほぼ0だ。 こんな優遇のある街は国のどこを探してもない。 とどのつまりがおれら平民は、格差社会の下であり続ける限り楽が出来るのだ。 とまあ、長くなったが他所とはちょっと変わった街がこのルピシエ市というところ。 そこでおれは警察をしながら兄と2人暮らし、平々凡々な生活を送っている。 それも今では過去形で、正しくはしていただけど。 これから話すのは、こんな貴族の街でなんの特徴もない平民警官の1人が死ぬまでの話だ。 だからまあ、どこから話始めようかというのが問題で。貴族なら自伝の構成くらいあるかもしれないが、ただの平民の人生なんて最初から盛り上がりに欠けている。 だから署長のスピーチみたく長ったらしい話にならないよう、なるべく簡潔に済ませたいと思うんだ。 なにせ誇れる人生とも言えなかったから。 …そうだな、決めた。 おれが警備課に配属になり4年目を迎えた頃から始めよう。まあ5年目は訪れないのだけど。 だから、これはおれの遺書だ。 こんな馬鹿な事をしたおれでも、ここに生きた証として。
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