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2.東条 渚
夏祭りの日が近付いてきた。
大学生になり一人暮らしを始めている朝陽も帰省しており、誘ってみたが、やはり、「彼女と行く」と断られてしまった。渚は、咲桜の家のインターフォンを押す。
はーい、と顔を出した目的の人物に、夏祭りはどうするのかと訊いたが、訊かれた咲桜は渋い顔をして唸った。それで、続く返事を先に予想したので「……ごめん」と言われても、渚は「そうか」と答えることが出来た。
「……結局、二人だけになりそうだな」
「……そうか」
「……私達も、行くの……やめようか」
咲桜の家の後、勇志の家を訪ねた渚は、用意されたティーカップに口をつけた。
客人などお構いなしに勉強机に向かって座っていた勇志が、やっと渚の方を振り返る。
「なんで?」
「いや、私達、二人だし……」
「『二人で行かないか?』 って、言ってたろ。前に。楽しみにしてたんじゃねぇの? いいじゃないか、行けば。二人で」
眉を寄せた勇志に、渚は能面のように無表情な顔を向けた。……その、心の内を悟られないように、懸命に感情を殺していた。
距離があって良かったな、と思う。二人の間にはローテーブルがあり、とても、渚の心臓の音なんて、勇志には聞こえない。
「…………女物の、浴衣を着たいんだが、……」
「いんじゃねぇの? お前なら似合うだろ。別におれに聞かなくてもいいし」
「………そうか」
むずむずとして、崩れてもいない正座を正す。視線を彷徨わせ、何気無く本棚に留める。その上に、いつかの写真が飾ってあって、視線を留める。写真の向こうで、幼馴染み四人が思い思いに笑っていた。懐かしいなと哀愁に浸る渚は、しかし眉毛を下げた。
私達は、私達が想い描いていた未来の先に、いるのだろうか。ーーー……なんて、そんなことを想った。
「………私と並んで歩くことを、恥ずかしいと思ったりはしないのか…」
「恥ずかしい? なんで」
勇志はぎしっと、音を立てて椅子から立つと、ローテーブルの前に座った。用意されていたティーカップに口を付ける。普段、品なんて感じさせないくせ、何故かそれが絵になって、渚は暫くその様子を息を飲んで見守っていた。
「……男なのに。髪も長いし。夏祭りは女物の浴衣で行くって言うし…」
「学校の屋上には、パラソル持参してるし?」
「そうそう。一人称も、『私』だし」
自虐的な笑いを浮かべる渚に、勇志は同じ色の笑みを浮かべない。「何を今更」と可笑しそうに笑う。
「自由でいいじゃねぇか。渚らしくて」
ああ、そんな距離ではいけない。
そんな風に笑う勇志に、一際大きく胸が高鳴った。そこから、鼓動が早い。聞こえてしまうんじゃないかと、わざとゴクゴクと音を立てて紅茶を飲んだ。
「………勇志は、いつもそうやって……」
「ん?」
「……いや、何でもない。ありがとう。お前が幼馴染みで、私は本当に幸せ者だよ」
心からの言葉だった。
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