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『いつになったら部活に顔を出す?』
本題ではなく、そんなことを第一声にしたそのセンパイは、ご丁寧にも俺の家までやって来てインターフォンを鳴らし、更にご丁寧にも、手土産まで引っ提げてきた。
『辞めるって、東条先輩から聞いてません?』
『本人から聞いてないのは、“聞いてない”事と同じだと思ってる』
鼻で笑う。
『めんどくさそうな性格ですね』
『……お前ほどじゃない』
ムッとした内心を互いに隠しきれず、俺達の間に不穏な空気が漏れる。それを、「そうだ」と閃いたように土産を渡してきて、空気を変える。
『要りませんよ。なんですか、それ』
『ゼリーの詰め合わせだ』
『お中元ですか? てか、内容物の話じゃなくてですね』
『じゃあなんだよ? 普通、手土産くらい持っていくだろ? 人んち行く時』
『いやいや、中に上げるつもりもないので。持って帰って下さい』
可愛くもない首を傾げる動作に、俺は両の手を振って応えた。それでも、「中に入るつもりは毛頭無い」と差し出してくるそれを断固受け取らない姿勢でいると、先輩も諦めたようで、持ち上げていた紙袋を下げた。
『回りくどいことはやめましょう。俺、無駄な時間嫌いなんですよ。なんですか? 咲桜先輩のことですよね?』
『……咲桜に、好きだと言いたい』
『……言えば?』
なんでそれを俺に言うんですか?と嗤って見せても、先輩は真っ直ぐ真剣な顔で俺を見ることを止めない。
『咲桜はまだ、お前と付き合いを解消してないと思ってるからな。断りは必要かと思って』
『なんですか、それ』
『誠意だよ』
『……いや、律儀の皮を被った宣戦布告ですよね?』
腹が立つような気持ちがある。あまり、焦ってはいない。どうあってもこの人は、幼馴染以上の関係にはならないだろうと高を括っていた。
『そう取って貰っても構わない。兎に角、おれに取られたくなかったら、さっさと出てこいよ』
『………取られるって』
だから、咲桜先輩は誰のものでもない。
『おれ、お前の弓引く姿、好きだったよ』
『変なフラグ立てないで下さいよ。貴方にそんなことを言われても、全く嬉しくない』
森本先輩は笑った。下手くそな笑顔だな、と思った。あのおばちゃんは本当に、この先輩のハハオヤなのだろうか?ーーーにこにこと笑う、あの喫茶店で出会ったおばさんの顔が浮かぶ。
『お前は、咲桜とどうなりたいんだ』
相変わらず、真剣な目が俺を捉える。
(どうなりたいか、なんてそんなの、)
『なんで貴方に言わないといけないんですか?』
俺の生意気な物言いに、『違いない!』と先輩は声を出して笑った。
『早く咲桜に伝えろよ。後がつかえてる』
『……咲桜先輩が貴方を好きになることは、多分無いですよ。告白したら死にますよ』
『なんだそれ、呪い?』
呪いと言うか。予言と言うか。きっと、願望。
誰だってなんだって、その可能性が百パーセント無いと断言するのは、きっと難しいことだ。
だから、いつだって。ほんの一握りの可能性に縋る。それでも、恐らくそうなるだろうと言う未来が怖い。
出来ることなら、呪いたい。
俺以外の、咲桜先輩の事を好きな人は全員、想いが告げられない呪い。俺以外を、咲桜先輩が好きにならない呪い。
『まぁ。早くどうにかしてくれよ。今の状況。お前も、辛いだろう』
『別に。貴方に心配されるようなことじゃない』
『ほんと、可愛げ無いよな、お前。咲桜はどこが良かったのやら』
貴方には関係ない、と、ムッとして言い返そうとした時。物憂げな顔をして、「でも」と彼が言う方が早かった。
『でも、咲桜は。お前の事を、確かに好きだった』
そんなことを、言われたって……。
『……過去形じゃないですか』
『ああ。そりゃ、おれだって、今の咲桜の気持ちは知らないからな!』
『……』
『早く、状況を変えようとしろ。お前にも、相談相手くらいいるだろ? 必要なら、頼ってくれていい。お前が今、そこでそんな風に立ち止まることこそ』
『“無駄な時間”ですか?』
続くであろう言葉を汲み取って先に述べると、彼は面食らった顔をした。苦笑いしつつ、「いや」と否定する。
『咲桜を悩ませる。……でもきっと、どんなことでも、その一つ一つ、無駄なことなんてものは無いんじゃ無いか。きっと、その時間がお前には必要だったんだな』
けどまぁ、ちょっと、長いかな。
そう言って笑って、紙袋をもう一度差し出してくる。
『このゼリー達にも意味を持たせてやってくれ。お前、顔色悪いぞ』
『その理屈で言うなら、先輩が持ち帰って食べたって、結局“意味があること”じゃないですか』
『必要とする度合いは異なるだろ。それに、おれはこのゼリーにお前に対する気持ちを乗せた』
『気持ちわるっ! ますます要りませんよ、先輩の気持ちが籠ったゼリーなんて……』
体を抱えて身震いして見せると、流石に眉毛を寄せた。それでも、「確かに押し付けがましかったな、今のは」と再び紙袋を下げた。
『まぁ、気が向いたら、部活に顔くらい出せよ』
『もう行きませんよ、きっと』
『今はそう思ってても、籍はあるからな。気が向いたら、来たら良い。咲桜にも、気が向いたら、連絡しろよ』
そう言って、踵を返す。あ、と思った俺が、気が付けば彼を引き留めていた。「先輩」予想していなかった事に、先輩は驚いた顔をして振り返る。それは俺もで。自分で引き留めたくせ、暫く目を丸めてしまった。
『なんだ?』
『…………やっぱ、それ。貰ってあげても、いいですけど……?』
俺の指差した先に視線を落とした先輩は、ぶはっと吹き出して笑った。
『お前、その素直じゃないとこ、直した方がいいぞ』
『個性なんで』
渡されたゼリーの詰め合わせを受け取る。ずっしりと重かった。どれだけ、お節介なんだ、咲桜先輩の幼馴染ーズは。
『くれぐれも、咲桜先輩に告白なんてしないで下さいね』
『あ? 許可は要らないんじゃ無かったっけ?』
『前言撤回します。貴方に、いつか振り向かれる日が来たら困る』
ふーん?とにやにやと笑う顔がうざったかったが、にっこりと笑顔で返してやる。
『まぁ、そんないつかなんてのは、きっと一生来ませんよ』
言霊の力に頼りたい。
これは、呪い。そうであれと言う、願い。
いつまでも、俺だけ見ていて欲しいーーーもう無理か。俺こそ、始めから土俵に上がってすらいなかったのに。
『悩むことは必要だ。その先に決断があって、初めて、意味を持つ』
あれ?さっき、意味の無いことなんてないって言ってなかった?
茶々をいれたかったが、これ以上話が長くなるのを危惧して、「はいはい」と適当にあしらった。しかし彼は、俺の心の中を読んだように「言葉のあやだ」と笑った。
『お前の決断を、応援したい』
そんな勝手なことを言われましても。
あんた達、どんだけ、お人好しなのか。
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