1話 『恋人』

7/7
前へ
/51ページ
次へ
 それから、充分に時間をかけてパフェを賞味し、飲み物をゆっくりと飲んで、お互い、に触れるのを避けたまま、たっぷりと無駄な時間を過ごした。  近くに居て、待っているかもしれない『ハルキ』を避ける為だった。どうやら、朔也も『ハルキ』に会いたくないようだった。こんなにぎこちなく会話をする朔也を見るのは初めてだった。  速くなった脈はすっかり落ち着いていた。寧ろ私の方から、「そろそろ行こうか」と席を立ってしまった。  普段頑固に、奢らせてくれないどころか折半もしてくれない朔也なのに、余程動揺する名前だったのか、会計も折半で通った。  外に出て、駅の方向に向かって少し歩くと、急に空が轟いた。 「えっ、雷?」  何処かの女性の声と私の声が被ると、突然、物凄い勢いの雨が、本当に『バケツをひっくり返したように』降り出した。 「あああああ、洗濯物っ…!」 「安心して下さい。瞬殺です。それより、傘を買わないと」 「それ、『安心』の使い方、間違えてない?」  不覚にもその憎らしい突然の豪雨に助けられる。やっと普段通りの会話が出来たことに、心の中で息を吐く。  幸い、私達はアーケード内に居て無事だった。近くに百円ショップがあり、丁度良く店頭に傘が売られていた。 「ちょっと買ってきます。待ってて下さい」  商品棚が密集するその店内が、普通に人がすれ違うのもやっとであることを知っていたので、素直にその言葉に従った。  もうすっかり、私は『ハルキ』に恐怖していなかった。足元に蛙が跳ねていて、「こんなところに蛙が!あ、でも、踏まれちゃうかも!」とそっちの方が専らの心配事だった。  『ハルキ』に対するその感情が、朔也のものに刷り変わっていたのだ。  それが、「油断」と言われればそうだったし、「運命」と言われれば、やはり、そうだったのかもしれない。 「咲桜」  懐かしい声が聞こえた気がして、顔を上げる。 「…………あ、」  そこには、が立っていた。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加