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椿姫
「皆様お茶が入りましたわ。」
サリーが4人分のティカップとケーキを持って店頭にやってくる。
「ありがとうサリー。お茶にしましょう。春子様と鮎子様もお掛けになって。」
2人はリーズの言葉に甘えて席につく。
「ドレスでケーキなんてまるでベルサイユ宮殿のお茶会のようね。」
春子のその一言が鮎子を再び幻想の世界へと酔わせる。世界史の教科書で見たベルサイユ宮殿、マリーアントワネット様の庭園のお茶会、そんな世界へ自分がいるのではないかと思えてきた。
「そうだわ。」
リーズがチケットらしきものを2枚取り出す。オペラのチケットだった。
「実は今日のチケットなの。だけどこの後お客様の予約が入ってしまったから。宜しかったら貴女達で行ってらして。」
突然だか嬉しいプレゼントだった。幻想の世界へ酔っている鮎子は春子を誘ってみた。
「ねえ春子行きましょう。」
「勿論ですわ。せっかくだからこのドレスで行きましょう。」
劇場は赤い渋滞にシャンデリアというお城のようなところだった。タキシード姿の紳士や鮎子や春子と同じドレス姿の淑女達が集まっていた。
(素敵だわ。こんな夢のような世界初めて。)
鮎子は先ほど以上に酔いしれている。
「鮎子さん、行きましょう。」
鮎子は春子に誘われるまま客席へと向かう。
その日の演目は「椿姫」。高級娼婦ヴィオレッタと青年貴族アルフレードの恋物語だ。冒頭はヴィオレッタのサロンに神社淑女が集まり華やかな舞踏会が行われる。ヴィオレッタは桃色のわっかのドレスに髪に白い椿を翳し現れる。
サロンの淑女達は彼女を「椿の貴婦人」「椿のお嬢さん」と言って讃える。
そんな中ヴィオレッタを心配する青年が1人。アルフレードであった。彼は今の生活をやめ二人で田舎で暮らそうと言う。彼の提案を受け入れるヴィオレッタ。
しかし二人の幸せは長くは続かなかった。ヴィオレッタは結核にかかってしまう。床にふせたヴィオレッタは自分の肖像画をアルフレードに渡し昇天するのであった。
哀しくも美しい恋物語はそこで幕を降ろした。
「ヴィオレッタ可哀想だったわ。」
鮎子が呟く。
「でも素敵じゃない。好きな人のこと想って死んでいけるなんて。」
そう言った春子の姿が同級生なのにどこか大人に見えた。
その後春子の家で元着てた着物に着替えると帰宅した。
「お嬢様、お帰りなせいませ。」
片言の標準語でお蘭が迎えてくれる。
鮎子はお蘭を部屋に招く。
「お蘭、これを。開けてみて。」
鮎子は紙袋を手渡す。中にはマダムリーズのお店で買った帽子が入っていた。
お蘭は帽子を被ってみる。
「さあいらっしゃい」
鮎子に連れられ姿見の前に立つ。
「素敵だわ。お蘭」
鮎子は今日の出来事をお蘭に話す。マダムリーズのお店のこと、ケーキをご馳走になったこと。そして椿姫を観に行ったこと。
「椿姫ってお姫様がいらっしゃいるのですか?」
帽子を被ってからお蘭の口調が変わった。
「いやねえ、椿姫って言うのはオペラの題名よ。歌い手の方々が西洋のドレスを着て歌いながら物語を演じるの。」
鮎子はパンフレットを見せる。
「お嬢様が見せてくれる童話みたいです。それにこの方素敵。」
お蘭が目に止めたのはアルフレードだ。
「この方はアルフレードといって貴族の王子様なの。ヒロインの椿姫と恋に落ちるのよ。こんな風に」
鮎子はお蘭の手を握り肩を抱く。お蘭の頬真っ赤に染まっていく。それと同時にお蘭は鮎子の真っ直ぐな瞳をそのまま見つめていたいと思うのだった。
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