消えたお蘭

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消えたお蘭

 鮎子が女学校から帰宅すると女中が出迎えてくれる。 「お帰りなさいませお嬢様。」 丁寧な標準語に違和感を覚えた鮎子。いつもならお蘭が迎えてくれるはずなのに。 「今日はお蘭どうすったの?」 「えっお蘭ですか?!」 女中の態度がどこかよそよそしい。 「あっはい、確かお蘭は国に戻ったような、、きっとまた戻ってまいりますよ、、、。」 国に帰る?そんな話は聞いていない。部屋に戻っても置き手紙のような物もない。いつも自分を慕って傍にいてくれる。そんなお蘭が黙って自分の前からいなくなる筈がない。 鮎子はお蘭の部屋を訪ねてみることにした。 住み込みの使用人には簡素であったが1人1室寝泊まりする部屋を与えられている。お蘭の部屋は一番狭く 畳八上の和室で隅に机があって押し入れがあるだけだった。 「お蘭いるかしら?」 声を掛けるが返事がない。 「入るわよ。」  戸を開けるが誰もいない。机の上には何もなく引き出しの中も空っぽ。押し入れの中は上の段にはいつもつけてる白のエプロンがあるだけで下の段には布団が片付けられてるだけだった。 もう一度押し入れをよく見ると手紙が1通あった。 封を開ける鮎子。 「嘘でしょ?!お蘭が。」 次に鮎子は父の書斎に行く。今日はまだ帰ってきていない。机の引き出し、それか箪笥の中を漁る。 「証拠を見つけなきゃ。」 箪笥の引き出しを上から順番に見ていく。上から3段目の引き出しの中を漁ったとき見慣れない色の封筒が白い紙に包まれていた。そしてその白い紙は女郎屋との契約書であった。 「お嬢様、何をしているのですか!?」 そこに女中が入ってきた。 鮎子の行動はその日のうちに両親の知ることとなった。 その夜鮎子は両親に呼び出された。 「鮎子!!お前は自分のしたことが分かっているのか?」 「そうよ、鮎子。お金が必要なら言ってくれればいいじゃない。」 しかし鮎子は平然としていた。 「ではお聞き致しますがお父様のしたことは何ですの?」 鮎子はお蘭が書いた手紙と女郎屋との契約書を出す。 お蘭は自分が売られていくこと助けてほしいと手紙に記した。 父の話によると投資で借金を作り返済に困っていた。知り合いの公爵家が贔屓にしている女郎屋があり、そこにお蘭を売って借金の返済に当てたのだ。 「鮎子、我々華族がお家を存続させるためには多少の犠牲も必要なことだ。」 それにお蘭には親戚に預けられている弟と妹がいる。女郎屋は給料もよいから兄弟達を上の学校に通わせると言ったら、乗ってくれたと言う。 そこまで聞いて鮎子は立ち上がる。 「分かりました。もう結構です。」 鮎子が立ち去ろうとした。 「待ちなさい。」 そこに出されたのは先日春子と行ったオペラのパンフレットであった。 「こんなとこ誰と行ったのだ?」 「誰と行こうとお父様には関係ありませんわ。」  「こんなとこ行って恥ずかしくないのか?!今後は学校以外の外出は禁止だ。分かったな?」 鮎子の中で何かが切れた。 「嫌です!!なぜお父様は私のすること全て否定するのですか?私がお嫌いなら出ていきます。」  父や母がとめる声も聞かず自室へと戻っていく。 自室に戻るとふと手に握ったお蘭からの手紙を見た。 「鮎子お嬢様、私女郎屋に売られてしまいます。助けて下さい。」 字はたどたどしいが正しい標準語が使われている。 鮎子はお蘭がこの家に来たことを思い出す。 お蘭が12才で鮎子が15才、2年前のことだった。 女学校の英語の授業で演劇をやることになり、西洋の街娘風の衣装を家に持ち帰り試着した。両親には酷く叱られ演劇にも出してもらえなかった。でもお蘭だけは違った。 「お嬢さん、とてもお似合いです、」と誉めてくれた。素敵な衣装着れるのが羨ましいとも。 この家で自分のことを認めてくれたのはお蘭だけだった。 その夜鮎子は自分の荷物をまとめて少しばかりのお金を持って家を出た。そしてその足でマダムリーズの店へと向かった。 「ごめんください!!」 鮎子はリーズの店のドアを叩いた。
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